「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年3月15日金曜日
現の虚 2014-8-8【ピンクの着ぐるみ「バニーマン」】
飛び降り自殺をするのに低過ぎはあっても高過ぎないと思っていたが、どうやら違った。どうせ死ぬつもりでも、多くの人間は高過ぎる場所からは飛び降りたくないようだ。街を歩き回って気付いた。飛び降りが見られるのは、15階くらいまでが一番多い。それ以上の高さになると急に数が減る。全然いないとは云わないが、俺は見たことがない。
たとえば、ある雑貨の安売大手が入っている古いビルは9階建てだ。夜中から明け方にかけて、このビルの裏露地に立って見物していると、屋上から次々と人が落ちて来る。正確には人ではなく、投身自殺をした人間の霊魂とか幽霊とか残留思念とか、そういうものだ。
ともかく、この古い9階建てはちょっとした飛び降りの名所なのだ。
ところが、そのすぐ隣の20階建てのもっと古いオフィスビルの屋上からはいつまで待っても誰も落ちて来ない。隣の9階建てよりも古くから建ってる訳だから、飛び降りも同じくらいいてもよさそうなものだが、実際にはいない。屋上の出入り口の管理がしっかりしているということも考えられるが、俺はビルの高さそれ自体が理由だと思っている。つまり、この20階建てのオフィスビルは飛び降り自殺の高さの「上限」を超えていて、要するに高過ぎるのだ。
証明は出来ない。単なる観察からの推論だ。
さて、名所である9階建ての飛び降り者の内訳は、若い女が5人、若い男が2人、オッサンが4人、老婆が1人、制服の女子高生が2人、学生服に坊主頭の男子中学生が1人、そして、ピンクのウサギの着ぐるみが1人。
いつも最後に落ちて来るピンクのウサギの着ぐるみは、その前に落ちて来る自殺者とは決定的に違う。もちろん格好も決定的に違うが、それ以上に違うのが地面に激突したあとの行動だ。
他の自殺者は、地面に激突すると、頭が砕けたり、脚が潰れたり、背骨が折れたりして、そのまますーっと消えてしまう。だが、ピンクのウサギの着ぐるみは、ドスンと落ちて、地面を血の海にしたあと、ムックリと起き上がり、またビルに入って行く。そして、しばらくすると、また上から落ちて来て、ドスン。血の海を作り、その後、起き上がる。そうやって夜が明けるまでずっと、飛び降り続けているのだ。
俺はそのピンクのウサギの着ぐるみをバニーマンと名付けた。なぜバニーマンだけが一晩に何度も飛び降りるのか、俺には分からない。きっとバニーマン自身にも分からないはずだ。
血まみれのバニーマン。