「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年3月22日金曜日
現の虚 2014-9-1【霊魂という虚構】
人間だけが、死ぬと霊魂と云うフィクションを残してしまうことがある。僕らはその始末をしてる。放っておくと腐って害になるから。
顔面包帯グルグル巻きの長身の男=死神Bは、包帯の隙間に突っ込んだ煙草を器用に吸いながら俺に云った。
他の動物は死んでもそんなことはない。死んだら死にきり。潔い。
死神Bは鍵のかかってるはずの倉庫の扉をフツウに開けて中に入る。俺もそれに続く。暗い倉庫内を、暗いままですらりすらりと進んで、階段を上って、通路を通る。
人間のどんな優れた教祖も最後はただ死んだだけ、と死神B。そしてどんな教祖も、死ねば、たった一人のバカも導けない。バカっていうのは、どんな叡智もただの狂気にしてしまう。人間の宗教が大昔から延々と繰り返しているアヤマチさ。そもそも宗教の存在自体が人間の未熟さの証なんだけどね。
死神Bは通路の突き当たりの真っ暗な小部屋に入り、見えるかい、と俺に訊く。俺が何も見えないと答えると、軽く手を振って、これで見えるだろうと云った。それまで真っ暗だった中の様子が、暗視カメラで見たような緑色の光景で見えるようになった。緑色の梯子を緑色の死神Bが登り、緑色の俺もあとに続く。倉庫の屋根に出た。
星明かりの下の屋根の上に誰かが膝を抱えて座っていた。麦わら帽子を被って、煙草の煙を一筋、夜空に向かって立ち上らせている。
生きてる人間じゃないな、と俺が訊くと、生きてる人間じゃないさ、と死神Bが答えた。死神Bはポケットから爆竹の束を取り出し、煙草の先で火をつけると、麦藁帽の幽霊に向かって放り投げた。爆竹の束は麦藁帽のすぐ後ろに落ちパンパンと弾けて大量の白い煙を出した。麦藁帽はあっという間にその煙に包まれる。すると、麦藁帽の上に光る輪が現れた。麦藁帽の男は膝を抱えたまま、そして、煙草を吹かしたまま、ゆっくりと夜空に向かって昇ってゆき、最後は星と区別がつかなくなって消えた。
この前の子供みたいな新しい霊魂はまだいいんだけど、あそこまで古くなると(きっと死んでから百年近くは経ってるよ)、近づくのは危険だし、ニオイもきついから、爆竹でヤッツケるのが一番なのさ、と死神Bは、訊いてもないことを答えた。
ニシテモ、なんで人間は煙草を吸いたがるんだろうね。煙草は僕らのためのもので、人間が吸ったところで何のイミもないのに。それどころか、むしろ害になる。まるで飼い主が食べてるチョコレートを食べたがる犬だよ。