2019年3月25日月曜日

現の虚 2014-9-4【ミカミカミ】


僕らにとって死んだ人間が地上に残した幽霊とか霊魂は環境汚染なのさ。人間にとっての公害や放射能汚染のようなね。つまり放っておくと死神の「健康」を害する。だから小まめに「清掃」「除染」に励んでる、と死神Bは云った。
死神が「健康」を害するとどうなるのさ、と俺。
寿命が発生して老化が始まり死ぬ。
そりゃたいへんだ。
タイヘンさ。死はともかく、老化はひどくツラいらしいからね。

そんなやりとりがあってから4日後、俺は、死神Bがチャーターした漁船に乗り込み、ひとりでその島に上陸した。放射能汚染に喩えれば原発が一度に何基も爆発したくらいの幽霊汚染レベルのその島に死神が上陸することなどとても不可能。だが、人間である俺にとって幽霊汚染は全くの無害。だから、俺が単身乗り込んで、終末世界並の幽霊汚染を「除染」するよう頼まれたのだ。

なくした右手を付けてもらった借りもある。

除染道具一式を背負った俺は、まっすぐ島のオーナーの家に向かった。先方には事前に連絡をしてある。まさか追い返されることはないだろう。もし追い返されても行くところがない。チャーターした漁船は帰ってしまったし、島には宿も店も何もない。あるのはコーラの赤い自販機だけだ。人類が火星に初めて降り立ったら、そこにはきっとこれと同じ赤い自販機があるはずだ。

俺はコーラを一本買った。

樹に囲まれた暗い山道を登って行くと、家の前で、島のオーナーと看護師が待っていた。溶けたロウソクのようなオーナーが座る車椅子を、青いワンピースの美人看護師が押している。美人看護師はミカミカミと名乗った。ミカミカミはスゴい美人だが、俺は、車椅子のオーナーの顔を見た瞬間に、そのスゴい美人の存在を忘れてしまった。死神Bの言葉が蘇る。

島のオーナーに会えば分かるよ。他でもない君が島に行くべき本当の理由が。

溶けたロウソクのように車椅子の上に崩れ込んだオーナーは、アルプスで発見された5千年前のミイラ「アイスマン」のような顔に、海賊船長のような仰々しいアイパッチをしていた。

アイパッチの男。

右手をなくした俺を病院に担ぎ込み、出血多量で死にかけていた俺に大量の血を分け与え、忽然と姿をくらました謎のアイパッチの男が、この男だというのか。しかし、だとしたら年をとりすぎている。

ここ一ヶ月で急激に老化したのです。まるで乙姫様の玉手箱を開けてしまったかのように。

美貌の看護師ミカミカミがそう云って微笑んだ。