2019年3月24日日曜日

7-9:九眼の石


〈出口〉のドアはいくつかあった。だが、大半はただの絵で、それ以外は〈入口〉だった。遂に本物の〈出口〉を見つけたと思って「出て」みたら「入って」いた。そもそも全ての〈出口〉は〈入口〉なのだとコドモは悟った。〈出口〉から入った場所には草が生えていた。木も生えていた。少し離れたところには大きな池も見える。見上げれば空まである。いかにも〈外〉のようだが、ここは依然として〈中〉なのだ。近くの壁に触れてみた。掌に移ったこの匂いは……

鉄。ここは大きな鉄管の管の中なのだと女が云った。青いワンピースに極端なショートカットの物凄い美人のいきなりの登場に時空が歪む。

時間を飛んだ。

大きな池の畔に二人並んで座っていた。女に石ころを手渡されて、それを池に投げる。石ころは少しの波紋も立てず池の中に吸い込まれる。水音もない。女は裸足だった。そのことを指摘すると、女は黙って頷き、あなただって履いてないと言う顔でこちらの足を見た。
(ああ、これは、今、ちょっと見つからないだけです)
女がそっと笑う。それからまた石ころを手渡す。さっきと同じように池に投げる。
(死んだ奴が威張るのが、コドモの頃から許せないタチで)
自分で石ころを探すが一つも見当たらない。女がまた石ころを手渡してくれる。それを受け取り、池に投げる。
(死人になると人間は途端に威張り出すけど、アレって何ですか?)
女がまたそっと笑う。どうもヤリカタを間違えている気がして、日記『木曜日の子供』を取り出して開いた。

……コドモが「レーに呪い殺された人間は、今度は自分がレーになって自分を殺したレーに復讐すればいいのに、なんでまた自分も別の生きた人間を呪うんだろう」と言うと、九の目のギニグは「平安の頃までは霊同士でやりあってたよ。でも末法の世の今は全然ダメだね」と答えた。「マッポー?」「そう末法だよ」……

再び池の畔。女から受け取った石ころは今までのものと少し違った。女を見るとニコリと頷いたので、同じように池に投げた。今までと少し違う石は水面を揺らし、水音を立てた。これは、と思って女の方を見ると、世界が一気に解像度を上げ、全てがmoleculeになった。落ち着いて観察すると、特徴的な水素結合がはっきりと確認でき、全て水のmoleculeだと気づいた。

そして解像度が戻った。

深い水の底へゆっくりと降りていく。
右手には、最後に投げた石、すなわち「九眼の石」を握っている。