「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年3月18日月曜日
7-6:一本足とノーマクエン
一本足に下駄を履いた坊主頭が、ゴム長靴を履いたノーマクエンをお供に、時々、コドモのウチに来る。一本足は、若い時に船のエンジンに足を一本巻き取られたせいで、ノーマクエンは、赤ん坊の時に戦争中で食べ物がなかった親が、母乳代わりに米のとぎ汁ばかり飲ましていたら糞詰まりになって、それが原因で高熱が出たせいで(と母乳の出なかった母親は思っている)ソウなった、と6つ目の赤い馬面ギニグが言った。
「昔の船のエンジンは、バイクのエンジンと同じで、足で蹴飛ばして起動させていたから、何かの弾みで着物の裾が機械に巻き込まれて、それでそのまま脚までひき潰されたというわけさ」
一本足が二本の杖を壁に立てかけて横になっている日当たりの良い縁側と居間の仕切りの襖の裏に隠れた学生服の6つ目の馬面ギニグが、正座して、コドモに昔話を続ける。
「一本足は戸板に乗せられて病院に運ばれたけれど、病院には麻酔がなかった。医者がダメになった足を切り落とす間、一本足はずっと、麻酔代わりに歌を歌い続けていたよ」
春の日を楽しんでいる一本足の傍にずっと黙って座っていたノーマクエンがとうとうしびれを切らして、オトッチャン……と声を出した。モ、カエロウ……。一本足が目を閉じたまま「おまえ、先に帰れ」と答えると、ノーマクエンは、ニヤリと笑って、口の端からよだれを垂らして、ナン、イッショ、と言った。オカッチャンノ…、メシ、メシ、と続ける。一歩足は目を開け、大義そうに体を起こすと、家の奥に声をかけた。奥からコドモの母親が出てきて、「あら、お義父サン、もうお帰りですか、気をつけて」と言った。一本足は、コレがうるさいから、とノーマクエンを顎で指して、ノーマクエンが差し出した杖を受け取った。
一本足が夫婦そろって入院したとき、ノーマクエンはしばらく、コドモの家に住んだ。子供の父親のすぐ下の弟だからだ。その間、ノーマクエンはほぼ毎日、大便を漏らした。ノーマクエンの要求が「わかる」人がいなくなったからだ。ノーマクエンは、パンツの中に大便を溜めた状態で、1日外を出歩き、工事現場を見たり、港の水揚げを見たり、ともかく楽しく過ごし、夜、風呂に入れられる段になって(無論、一人では風呂に入れない)、「アア、また!」と、コドモの母親を嘆かせていた。普段から「犬臭い」(と、一本足は言う)ノーマクエンは、パンツに大便をためていても、周りはそうそう気づかないのだ。