「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年3月18日月曜日
現の虚 2014-8-9【顔面が包帯でグルグルの男】
近所に誰も住んでいない広い屋敷がある。建物自体はそれほどでもない。庭が広い。低い塀で囲まれた庭はちょっとした林になっていて、その林の奥に静まりかえった古い建物が見える。無人なので林のような庭は全く手入れされていない。薄暗く、近くを通ると山奥のような湿った土の匂いがする。
その誰も住んでいない屋敷の、林のような庭に人影が二つ見えた。1人は8歳くらいの男の子で、もう1人は長身にロングコートを着た、顔面が包帯でグルグル巻きの男だ。
ギラギラの真っ昼間だったが、独特の佇まいから、子供の方は生きた人間ではないのがすぐに分かった。いわゆるユウレイだ。ちなみに幽霊が夜とか暗闇に出るというのは、あれは物語上の演出に過ぎない。生きている人間が四六時中出没するように、幽霊だって一日のいつでも現れる。だから、真っ昼間の幽霊は珍しくもなんともない。俺にとって事件だったのは、顔面が包帯でグルグル巻きの男の方だった。グルグル男は明らかに子供の幽霊が見えていた。そして、フツウに話をしていた。つまり、いわゆる霊能者と呼ばれる連中がやるような、理解者ぶったり、上から目線だったり、逆に猫なで声だったりではない、コンビニのバイト同士が客がいないときにかわす無駄口のような感じのフツウ。
ナニモノダ?
俺は、慌てる必要などないのだが慌てた。つまり意味なく動揺した。
包帯巻きの男は子供の幽霊との会話を終えると、コートのポケットから何か取り出しその場にしゃがんだ。何をしているのかは分からない。
子供の幽霊の体が宙に浮いた。
世間のイメージと違ってふつう幽霊は宙に浮かない。生きてる人間と同じように地面に二本足で立っている。地面がなければ落ちる。飛び降り自殺を繰り返す幽霊も珍しくない。少なくとも俺は、それまでタダの一度も宙に浮いた幽霊を目にしたことはなかった。更に、宙に浮いた子供の幽霊の頭の上には、うっすらと光の輪が見えた。そんなシロモノはマンガのトムとジェリー以外では見たことがない。
頭に光る輪を載せた子供の幽霊は静かに天に昇っていく。俺はそれをバカみたいに見送った。子供の幽霊はやがて青空と同じ色なって見えなくなった。
やあ、久しぶり。と云っても覚えてないか。
顔面包帯巻きの男が林の奥から俺に云った。男は、包帯の隙間に煙草を差し込んで口に咥え、火をつけた。盛大に煙を吐き出す。
お、右手がないね
男が包帯の下でニヤリと笑ったのが分かった。