2020年11月10日火曜日

ITでも家電でも食事でも、古い仕組みや装置や形式から離れられない人間が鬱陶しい

 

2020年11月10日 火曜日/晴


『帰ってきたウルトラマン』第18話「ウルトラセブン参上!」を、ウルトラマンチャンネルの配信で観た。セブンが新マンに渡すウルトラブレスレットが、まるでセブンのアイスラッガーのような「切り裂く武器」だからこそ、セブンからのプレゼントなんだ、と今日初めて知った(気づいた)。しかしこの回は、「ザ・特撮」だね。マツダコスモスポーツが土台のマット・ヴィークルがたくさん観れるのもいい。甘利レミーのお父さん(団時朗=郷秀樹)が(当たり前だけど)すごく若い! あと、ベムスターがかなり可愛い。


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ITでも家電でも食事でも、古い仕組みや装置や形式から離れられない人間が鬱陶しい。自分が慣れ親しんでいるというだけの理由で受け入れている不便(本来簡単に回避できる不便)に他人を巻き込むなよ、といつも思う。


たとえば、スマホを使っていれば簡単に済むのに、ガラケーを使い続けているばっかりに、「前時代的な余計な手間」がかかるようなことが最近は多い。そういう手間を、アンティークカーの整備や修理のように捉えて楽しんでいるのなら、まあ(マヌケだとは思うけど)仕方がないが、そうではなく、スマホを買い替えたり使い方を新しく覚えることが「煩わしい」とか「面倒」だとかいう理由だけで、スマホが使えないことで日々生じる「煩わしさ」や「面倒」を受け入れているのは、やっぱり本当にアタマが悪いとしか思えないのだ。


というのは、スマホに乗り換える際の「煩わしさ」は所詮一過性のものだが、乗り換えずにいることで直面することになる「煩わしさ」は継続的に増えていく一方だからだ。スマホに限らず、前世代の技術を使い続けるということは、そうした「煩わしさの増殖」を全て受け入れるということ意味する。ガスや電気の使用を頑なに拒否して、七輪や行灯を使い続けた場合に、自分が年を重ねるごとに増していく「煩わしさ」や「面倒」を想像すれば、簡単に理解できるはず。


繰り返すが、そうした「煩わしさ」や「面倒」を、或る種の娯楽として楽しむのなら、それはその人の趣味なのだから好きにすればいいが、そうした「趣味に起因する煩わしさ」を個人の「外」に「漏らされる」と、周囲はものすごく鬱陶しい。


水洗便所が当たり前になった今の人間の殆どは、汲み取り式にこだわる両親の家では暮らしたくないだろう? ガラケーユーザーは、汲み取り式便所ユーザーなのだよ。

PART17: THE PAST DICTATES THE FUTURE

▼ゴードンが「(ダイアンの化身)をどうしても撃てなかった」と言った後、25年間、アルバートに隠していた話をする。ブリッグス少佐から邪悪な存在(Jowday:ジャウデイ)を聞かされたことだ。

Gordon:Before he disappeared, Major Briggs shared with me and Cooper his discovery of an entity, an extreme negative force called in olden times "Jowday." Over timem it's become "Judy." Major Brrigs, Cooper, and I put together a plan that could lead us to Judy. And then somthing happened to Major Briggs, and something happened to Cooper. Phillip Jeffries, who doesn't really exist anymore, at least in the nomal sense, told me a long time ago he was onto this entity, and he disappeared. Now, the last thing Cooper told me was..."If I disappear like the others, do eberything you can find me. I'm trying to kill two bird with one stone." And now this thing of two Coopers. And recently, a paid informant named Ray Monroe sent a cryptic message indicating that the Cooper we met at prion is looking for coordinates, coodinates from a certain Major Briggs. This plan, Albert, I couldn't tell you about, and I'm sorry.-----And I don't know at all if this plan is unfolding properly 'cause we should have heard by now from our dear Dale Cooper.


ここで、ラスベガスのFBIから、ダグラスジョーンズは消えたと電話が入る。その電話に気づいたブッシュネルが、電話を代わりが、ゴードンにクーパーのメモを伝える。すなわち、"I am headed for Sheriff Truman's. It is 2:53 in Las Vegas, and that adds up to a ten, the number of completion."

そしてゴードンが怒鳴る。"Dougie is Cooper? How the hell is this?"


▼ワイオミング州からベンに電話。あなたの弟ジェリー(全裸状態)を保護した。


▼悪いクーパーが、ジャックラビットパレスから253フィートの「正しい座標」に到着→Firemanの屋敷に侵入するが、捕まって(カゴ=coopに入ってる/隣にブリッグス少佐の顔もある。少佐の向かって左側、スクリーンの右側に、Firemanはローラの黄金の玉を生み出した時の体勢のまま浮かんでいる)、ツインピークスの保安官事務所の前に転送される。(この時、Firemanのモニター(銀幕)には、最初、座標の森、続いて、セーラの家が映るが、Firemangaが手を動かしスライドさせて、保安官事務所にする)。転送されたクーパーは「What is this?」と呟いて、やや当惑した顔をする。


▼クーパーと再会して最初喜んでいたアンディが、クーパーが保安官と立ち去ったと、ふとFiremanの部屋で見た「ルーシーを保安官のオフィスの前に立たせる自分」の映像をおもいだし、ぼうっとした顔になる。


▼悪いクーパーが、アンディが勧めたコーヒーを断る。それで、アンディは、これが悪いクーパーだと確信して、走り去る。アンディは途中でルーシーに向かって指差し「Very important. Very important.」と二度繰り返した後、ホークを呼びに留置所に降りていく。


▼ルーシーのところに、良いクーパーから電話が入る。保安官が良いクーパーの電話に出る。悪いクーパーが保安官を撃とうとする。保安官も銃を出すが一瞬遅れる。銃声が鳴り、悪いクーパーが倒れる。ルーシーが撃ったのだ。


▼良いクーパー「その死体に触ってはいけない!」


▼死んだ悪いクーパーのところにwoodmanたちが現れ、クーパーの腹からボブ玉が現れる。「Oi!」とフレディがボブ玉に呼びかける。フレディが「緑の園芸用ゴム手袋」でボブ玉と激闘を繰り広げ、ついに破壊する。


▼クーパーが悪いクーパーの指に指輪を嵌め、ブラックロッジに送り返す。


▼ミッチェムの兄ロドニーが弟ブラッドリーに言う「One for the grandkids(孫に語って聞かせられる[話だ/ものを見た]ß)」


▼良いクーパーが、フランク保安官にグレートノーザン315号室の鍵を出してくれと言う。保安官がなぜ知ってるのかと尋ねると、ブリッグス少佐がそう言ったからだ、とクーパーは答える。


▼画面の大きくオーバラップした良いクーパーの顔(これ以降の場面をずっと見ている感じ=夢を見ている本人ということ)が現れる


▼ボビーが事務所に現れる。ゴードンたちが到着。

クーパーが言う"The past dictates the future."

キャンデイたちが現れ「サンドイッチをたくさん作ってよかったわ」


▼クーパーとネイドが手を合わせると、ネイドがダイアン(赤髪)になる(戻る)。クーパーの反応から、ネイドの正体がダイアンとは知らなかった様子。二人がキスしている間は「見ているクーパーの顔」は消えている。事務所の時計は2時53分を行ったり来たりしている。その時「見ているクーパーの顔」が「We live inside a dream.」と言う。「みんなとはまた会いたい」とクーパーが言ったちょくあ、轟音がしてあたりが暗くなる。クーパーとダイアンとゴードンが、グレートノーザンのボイラー室を歩く。クーパーは行き止まりあったドアを「315号室の鍵」で開けて一人で中に入る。クーパー「See you at the curtain call.」とダイアンに言って、ドアを閉める。ドアの中に片腕の男が待っていて、例の「Fire walk with me」の「詩」を言ったあと、二人で、ジェフリーズのところに行く(悪いクーパーが行ったのとは違う道)。悪いクーパーの時は、ビジョンのようなものだったが、今回は目の前に物質としてのヤカン(ジェフリーズ)がちゃんと存在している感じ。そこで、クーパーが「The date---February 23 1989」とジェフリーズに伝える。


Jeffries:I'll find it for you. It's slippery in here. It's good to see you again, Cooper. Say hello to Gordon if you see him. He'll remember the unofficial version. This...is where you'll find Judy. There may be someone...Did you ask me this? 


そう言ってから、ヤカンの湯気が角の生えたひし形(悪いクーパーがトランプに描いていたもの。あるいはホークの地図に書かれていたもの)のようなものになり、角が取れて、数字の「8」の字のようなものになる。数字の8の字の上の黒い丸が動いて、向かって右下(時計盤の5時のあたり)に来た時にJeffriesが「There it is. You can go in now. Cooper... remember」。その後、片腕の男が「Electricity」と呪文を唱える。すると、画面がフリーズして、白黒の画面になり、クーパーは、ローラが殺される直前に「タイムスリップ」する。以降、「ローラ・パーマー最後の七日間」


▼若いローラと若いジェームスの「別れ」の場面を、25年後から来たクーパーが森の中から見守る。それを一瞬目にしたローラが絶叫する(これは元々の映画にあった、ローラの謎の絶叫=ローラは何を見たのか?の「答え」になってる。答え=未来からきたクーパーを見た)。スパークウッドの交差点でジェームズと別れ、レオたちの待ち合わせ場所に向かったローラの前にクーパーが現れる。Laura: Wait. I've seen you in a dream. クーパーが差し出した手をローラが掴んだ瞬間、川岸に流れ着いたビニール袋に包まれたローラの死体が消え、また、森の場面に戻ると、画面がカラーになる。ローラ「どこにいくの?」クーパーは「うちへ帰るんだ」→ツインピークスの序章が始まり、ピートが釣りに出かけるが、川岸に、ローラの死体はないので、ピートはそのまま釣りをする。→場面はセーラの家になる。ローラの写真が飾られた居間は無人で、セーラのうめき声だけが響く。セーラが現れローラの写真を叩き割って、さらになんども酒瓶を叩きつける。が、額のガラスは割れても、写真はどうしても破れない。→場面は森。ローラの手を引いて、夜の森を進むクーパー。アナログレコードの針が飛ぶような音がして、振り返ると、手を繋いでいたはずのローラが消えている。最初にブラックロッジの「上空」に引き込まれたときと同じ音と叫び声がして、あとはただの暗い森。で、この回は終わる。この回のエンディング曲は「The World Spins」=赤いカーテンのロードハウスのようなところで、ちゃんとジュリークルーズが歌ってる映像付き。

In memory of Jack Nance


▼赤い服を着て、とんがった鼻の、粘土面のような顔の男の名前は「Jumping Man」


▼(2020年11月10日 火曜日/4周目)

>牢屋の酔っ払いは、「その時」が来るまでチャドに脱獄をさせないための「安全装置」で、実は、Firemanに園芸用手袋を授けられたフレディと同じ立場。

>Mr.Cの拳銃は、保安官に発射されている。Mr.Cの銃口から火花が出るし、保安官の帽子が少し浮き上がる。すなわち、ルーシーが撃った弾が、Mr.Cが引き金を引く直前にMr.Cに当たり、Mr.Cの撃った弾丸は少し上に逸れたのだ。

>このPART17は、2周目の「第14章」(マデリーンが殺される回)だろう。

2020年11月9日月曜日

北海道の1日のコロナ感染者数が、初めて200人に達した。

 

2020年11月9日 月曜日/雪のち晴れのち雪


北海道の1日のコロナ感染者数が、初めて200人に達した。しかも、今日の東京の感染者数(約130人)を超えて、全国一位。


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まんねん工房というところ(人?)が4年がかりで作った、ソロモンの整備工場内のビグ・ザム(リックドム+演説中のドズル付き)のジオラマ(の動画をYouTube)で観た。コメント欄は絶賛の嵐だけど、もう、致命的にビグ・ザムが小さい。つまり、他のフィギアはおそらく全部「1/144」なのだろうけど、ビグ・ザムだけ「1/200」くらいなってる。だから、ビグ・ザムの側を飛んでいるリックドムが超巨大ロボの見えてしまう。こういうジオラマを作る人達って、全体の見栄えさえよければ、それぞれのフィギアの縮尺の整合性とかさほど気にしないのかな?


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なんと、Prime Videoの『ガンダム』のPrime指定が11月21日で切れることになった。とにかく、26話「復活のシャア」の前までは、それまでに観ておかねばならない(「復活のシャア」から「脱出」まではDVDに録画したのを持ってる)。「岡田斗司夫ゼミ/ガンダム解説」の「再起動」は「マ・クベ包囲網を破れ」からのはずだが、どんな話だったか全然思い出せない。グフが大量に出てきて、ガンダムがヒートロッドで縛られて、胴体とか腕にヒードロッドの痕がついたりする話だっけ?


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√知性にとって全ての表現作品は「食べ物」。自然が手間暇かけて作り上げた[生命にとっての食料]がガゼルの肉やパパイヤの実であるように、作者が手間暇かけて作り上げた[知性にとっての食料]が、映画や漫画や絵画や小説や音楽や詩なのだ。


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先日11月4日に見た夢。ウルトラマン(ウルトラ一族)の便は「鉄の玉」だと知る。ウルトラマンの体内では核融合が起きていて、それがウルトラマンのエネルギーになっているのだが、その核融合が起きる理由は太陽のそれと同じ重力だから、当然中心には鉄の塊ができる。だから、ウルトラマンは定期的に鉄の玉を「排便」するのだ、という夢の中での理屈。もちろん、目が覚めて考えれば、不合理。鉄が出来上がるほどの核融合が起こせるほどの重力を生むための質量を、もしもウルトラマンが持っているのなら、無論、地球の上に立つこともできない。なにより、ウルトラマンのエネルギー源は「光のエネルギー」のはずである。なにしろ「光の国」の住人なのだから。


2020年11月8日日曜日

 

@外交(外交問題)に携わっている連中以外に「ぬるま湯」を口走りやすいのは、軍人、経営者、スポーツコーチなど。共通しているのは、伸るか反るかの「人間の最前線」にいると思い込んでいる連中。しかし、俺から言わせれば、それらも全て、「生命教」の枠内に収まる「家事」に過ぎない。生き物で居続けようとする限り、それはすべて「家の中」の話。


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@この喩えの方が、もっとピンとくるかもしれない。友達の誕生会で友達のお母さんの料理を食べて帰ってきた子供に、母親が「お母さんの料理とどっちが好き?」と尋ねたら、子供が返事に困ってしまったら、この場合、子供の評価は「引き分け=五分五分」でも、お母さん的には負け(友達のお母さんの勝ち)だろう。これが、まっちゃんの言ってること。


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大統領選に対するまっちゃんと、外交問題専門家という女の人の話がまるで噛み合ってなくてオモシロかった

 

2020年11月8日 日曜日/晴


√今生きている人間の知性現象を、他の「媒体」に移し替えるのは実現不可能なほど困難だろう。というのは、今生きている人間の知性現象は、自らの身体のアリヨウからカオス的な影響を受けているからだ。しかし、最初から、他の媒体に移しかえることを前提にして作り上げられた知性現象なら、移し替え可能のはずだ。そうして「生まれた」知性現象は、原理的には半永久的に存在し続けることができる。すなわち「不死」である。


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√『ワイドなショー』でのアメリカ大統領選に対するまっちゃんと、外交問題専門家という女の人の話がまるで噛み合ってなくてオモシロかった。両者のすれ違いは、レストランの話に譬えるとわかりやすい。


レストラン「アメリカ」でトランプが料理長を3年以上やった。4年目に、料理長を変えるかどうかの話が持ち上がった。新しい料理長候補がバイデン。店の常連客を集めて、トランプとバイデンで料理対決をやり、得票数の多かった方を次の料理長にすることになった。投票の結果は大接戦。票は真っ二つに分れてしまった。これはつまり、トランプが3年以上に渡って自分の料理を振る舞った(自分の味に慣らしたはずの)常連客の二人に一人が、トランプの料理よりもバイデンの料理の方がいい、言ったことになる。この事実を捉えて、まっちゃんは、実質トランプの負けだろうと言っているのだ。


外交問題の専門家の人が言っていることはこう。常連客の中には、トランプがメニューに入れていたハンバーガーがとても気に入っている者たちがいる。しかし、バイデンは自分が料理長になったらハンバーガーをメニューから外すと言っている。ハンバーガーを食べ続けたい常連客は是が非でもトランプに料理長を続けてもらいたい。だから、たとえ一票差でも勝ちにこだわる。現役が半分の支持しか得られなかったらこれは負けだね、などと、まっちゃんみたいな「ぬるま湯」な視点は持ち得ない(「ぬるま湯」って、エリート根性まるだしの連中の常套句だよね)。「ぬるま湯」とはこの場合、レストラン「日本」では料理長が変わってもメニューは変わることはないだろうという安心感のこと。


まっちゃんは(芸人ゆえに)、支持を集める側の「人気者」の視点で「実質負けだ」と言ってるのに対し、外交問題の人は(学者ゆえに)、みんな(支持者=社会)の側の視点で「そう簡単に負けは受けれられない」と言っている。

2020年11月7日土曜日

吉本のいう「関係性」は「物語性」と言い換えてもいい。

 

2020年11月7日 土曜日/晴


√吉本のいう「関係性」は「物語性」と言い換えてもいい。検死官が「平気」で人体を解剖できるのは、検死官と解剖対象の間に「物語性すなわち関係性」が存在しないからだ。『アンナチュラル』の中堂が恋人を解剖することがドラマになるのも、人間の知性が一般にこの「関係性/物語性」から逃れがたい存在であるがゆえ。


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「おまえ、平田かよ!」(『#タリオ/第5話』)

このドラマを見てる何人が「分かる」というのか!


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√現状、人間存在は地球環境に依存している。優しい言葉で言い直せば、地球が(今ある状態で)存在しているおかげで、人間は存在できている。しかし、だからと言って、人間は自分のことを地球だとは思わない。どんな人間も「自分は地球なんですよ」とは言わない。それと同じように、「人間というもの」が「人間の身体」のおかげで存在できているからと言って、「人間というもの」が「人間の身体」であると思う必要はない。


ここでいう「人間というもの」とは、これまでにも何回も言っている「知性現象としての人間」である。人間の本質が知性現象であることに気づけば、今、自分が自分そのものだと思い込んでいる自分の身体も、「地球」や「太陽系」や「宇宙」と同じ、原理的には取り替え可能な「媒体」に過ぎなことが理解できるはずだ。


もちろんこれは、身体から自立し自由に動き回る所謂「魂」が実在する、という話ではない。レコード盤の溝として記録された音楽は、そのレコード盤が破壊されれば消滅する。もしもそのレコード盤に記録された音楽を「生きながらえ」させたければ、レコード盤が破壊される「前」に、何かしらの具体的で物理的な移し替え作業をしなければならない。一切の「媒体」を持たない自立した「音楽の魂」などないからだ。音楽の生演奏についてもそれは変わらない。演奏に用いられる楽器とその場の空気がその場合の「媒体」である。


くどいようだが、ここでいう「人間の本質としての知性現象」は、大昔から言いふらされている「肉体と精神」あるいは「死後の魂」などの戯言とは全くベツモノである。


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焼く肉の匂いが部屋や服にくっ付いて残ってしまうのはオイルミストのせい。ホットプレートの温度を200度以下にすれば(普通は大体220度になっている)、オイルミストの発生量が極端に減り、焼肉の匂いが部屋や服に付いてしまうことも減る。以上、『カネオくん』情報。

2020年11月6日金曜日

「神学」の一番の特徴は「偽の難解さ」

 

2020年11月6日 金曜日/晴


『ターンAガンダム』第20話「アニス・パワー」視聴。


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『エヴァゲリオン』の面白さの醍醐味/真髄は、危機的状況の打破の行程(分析>作戦>司令>実行)にあるわけで、例の、なんとかインパクトとか、使徒とか、人類補完計画とかの、所謂「エヴァの謎」は、庵野がひねり出した「神学」に過ぎない。「神学」の一番の特徴は「偽の難解さ」。その「偽の難解さ」の正体は「高度な言葉遊び/イメージ遊び」。


実というと、科学を構成する要素にも「高度な言葉遊び/イメージ遊び」はある。だから、神学と科学は「印象が似ている」のだが、決定的に違うのは「科学はそれだけでは終われない/終わらない」ということ。これが両者をまるで別人にする。科学の「高度な言葉遊び」は数学で語れなければならず、科学の「高度なイメージ」は客観的に実証されなければならない。それは、神学が「弄ぶ(まさにこの言葉がふさわし)」言葉とイメージにはもとめられないものだ(というか、時に神学の側から拒否される)。


「神学」は、自身の嗜好や趣味に基づいた/あるいは則った「言葉遊び」や「イメージ遊び」をどこまでも複雑に展開することで、見るものを眩惑する。何しろ、基本的に「独りよがり」なのだから、周りの人間にはとにかく難解(もしかしたら、当人にとっても難解で、それがまた当人の「励み」になっているのかもしれない。充分ありうる)。しかし、それは、先にも言った通り「偽の難解さ」でしかない。


「偽の難解さ」は、言い換えると「偽の合理性」である。「偽の合理性」によって成立しているシロモノを「本物の合理性」で理解しようとすると、そこに「とてつもない難解さ」が出現する。この「とてつもない難解さ」が「神学」をもっともらしく見せる唯一の要素。


「エヴァの謎」にアタマを悩ますは、庵野の「女の趣味」にアタマを悩ますくらい、時間と脳の無駄遣い。


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『Dr. STONE』シーズン1/全24話を見終わった。これを観てもまだ「科学」を否定的に捉えている人間がいたら、そいつらは、「宇宙の天気」が「生き物の生息限界」を超えた時、すなわち「宇宙災害」発生時に滅亡することを今から受け入れておかねばならない。生き物=生命現象=「生命という媒体」では「宇宙災害」は乗り越えられない。科学は、人間存在という知性現象を「生命という媒体」から自由にするための唯一無二の手段なのだ。




2020年11月5日木曜日

岡田斗司夫ゼミ『未来少年コナン』第26話「大団円」を聴講した。オープニング映像とエンディング映像の謎の解説は見事だった。

 

2020年11月5日 木曜日/晴


岡田斗司夫ゼミ『未来少年コナン』第26話「大団円」を聴講した。オープニング映像とエンディング映像の謎の解説は見事だった。すなわち、オープイングは、最終回のラストカットの後の映像。コナンとラナが先陣を切って、大陸化した残され島に上陸する映像(だから、二人はあんなに生き生きと嬉しそうで、小舟にも荷物が積んである)。エンディングは一面の麦畑になった残され島大陸(だから、最後に水平線が見える。ハイハーバーの麦畑からは絶対に水平線は見えない)。


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『ガンダム』視聴メモ

第14話「時間よ、とまれ」

リーダー格はクワラン曹長は、ガンダム破壊に成功したら、こんな虫のいねえ、清潔なジオン本国に帰れると仲間に奇襲作戦を持ちかける。この「こんな虫」が、実は、クワランがこれからガンダムに仕掛けようとしている作戦(虫のようにガンダムの周り飛び回って、ガンダムに爆弾を貼り付ける)の暗示になっている。貼り付けた爆弾をマシンガンで撃てば、マシンガンの銃撃でガンダムを破壊できる。

ジオン兵ソル「相手のモビルスーツって一機なんですよ。それもニワカ作りのね」

ジオン兵ギャル「は~ん」

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マチルダ「モルモットはお嫌い?ブライト少尉」

ブライト「命令としては受けておりません。…少尉?僕が?」

マチルダ「ええ、レビル将軍がそうおっしゃってます。そのうち通知があるでしょう」

ブライト「いちいち勝手ですね」

マチルダ「レビル将軍がいらっしゃらなければ、あなたはとっくの昔に死刑ですよ」

ブライト「し、死刑!?」

マチルダ「ええ」

途中で顔を出したアムロを追い返す。

ブライト「ホワントベースとガンダムを動かしたこと、そんなに重罪なんですか?」

マチルダ「この間まではね、ブライト・ノア少尉」

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ブライト「これからジオンのパトロール網を飛び越える。いいか、ガンダムをスタンバッておけ!」

@ブライトの初めての「スタンバる」。本家は「大気圏突入」のリード中尉。

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マチルダがピンチと知って、張り切ってガンダムで発進するアムロ。

マチルダ「来なくてもいいものを」

で、まんまとワッパ隊の爆弾作戦の引っかかる。照準に生身の人間が見え、手が震えて引き金を引けないアムロ(自分でも今更なぜ手が震えたりするのわからない)。

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「1分20秒だ。間に合わねえのか?」そう言うクワラン曹長は、実はこの時、爆弾を外す作業が間に合ってほしい顔をしている。

2020年11月4日水曜日

長らく(ほぼ40年)聞き流していたのだが、デギンがギレンに言う「ヒトラーは身内に殺されたのだぞ」は、本当は違うよね?

 

2020年11月4日 水曜日/晴


中井貴一主演の『共演NG』が面白い。『SHIROBAKO』と放送時間がぶつかっているので、TVerで観ている。今日は第二回を見た。共演NGの俳優たちの撮影現場や放送局の様子を描いたいわゆる「内幕物」。例えば、出演俳優たちは、それぞれ「芝居をしている俳優の芝居」をしなければならないなど、メタ構造になっていて楽しい。あと、今日観た第二回では、TVerなのに番組のおしまいの「提供」のお知らせまで入っていた。というのも、提供が「サントリー」と「KIRIN」だったから。スポンサーの共演NGまでやってて、凝ってる。「共演NG」というコトバはこれからしばらく持て囃される気がする。


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その後に続けて観た『極主夫道』の第4回(5回だっけ?)が、もう、盛り込みすぎ+展開縦横無尽で、今までで一番面白かった。両親の「ガサ」が入る回。


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長らく(ほぼ40年)聞き流していたのだが、デギンがギレンに言う「ヒトラーは身内に殺されたのだぞ」は、本当は違うよね? ヒトラーは地下壕で自殺したのであって、身内に殺されてはいない。身内に殺された「独裁者」といえば、どちらかというと織田信長。一旦そう考え出すと、デギンにこのセリフを言わせた富野さんの「真意」が気になってしょうがなくなる。


で、一番ありそなのは、宇宙世紀にもなると、20世紀以前の歴史はごっちゃごちゃになっていて、信長もヒトラーも「同じ頃の独裁者」になってしまって、その最期も混同されてしまった、というもの。例えば、それこそ源頼朝と織田信長は生きた時代的には何百年という開きがあるのに、現在の我々から見ると「大昔の武将」ということで一括りにされて、なんとなく殆ど同時代の武将のような印象を持ってしまっている。それと同じことが、宇宙世紀を生きるデギンにも起きていて、ヒトラーと信長の最期を混同してしまったという説。


もう一つありそうなのは「ヒトラーは本当に身内に殺された」という説。つまり、今の我々が知る「ヒトラーの最期=自殺」は、実は「偽の歴史」であって、デギンの生きる宇宙世紀ではすでに「ヒトラーの死の真相=ヒトラーは身内に殺された」」が「明らか」になっていて、それが歴史好きの常識になっている。


でも、「現役バリバリ」の「独裁者」であるギレンに「名前ぐらいしか覚えてもらってないヒトラー」という点が、あの場面の一番大事な部分かもしれない。

2020年11月3日火曜日

是枝裕和監督の『万引き家族』をようやく観た。素晴らしい。

 

2020年11月3日 火曜日/曇り


√死後の世界や天国などというものは、「大金持ちだったら」とか「絶世の美女だったら」と程度の変わらない「単なる人間の願望」。


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√「0(ゼロ)」は「方便」。すなわち「桁」は「方便」。原理的に無限種の数字で構わないところを、人間の知能限界に情報するために発明されたのが「0」であり「桁」。


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是枝裕和監督の『万引き家族』をようやく観た。素晴らしい。これが撮れたんだから、是枝監督はもう死んでもいいんじゃないか、と思うくらい素晴らしい。この監督がこだわり続けている「家族って何さ?」というモチーフで作れる映像作品の一つの到達点。樹木希林演じるばあちゃんに死亡フラグの立つ場面で、元夫が再婚相手と産んだ子供も娘である松岡ナニガシを評して「血の繋がりがないから、余計な期待をしないところがいい」という。これがすべての気もする。


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√タイは、軍の「上」に王様がいるので、政治が腐敗すると、軍がクーデターを起こして、政治を「清算」する。クーデターは、王様が事後に「承認」すれば「正義」となる。これは日本の天皇と戦国大名の構図にそっくり。だから、日本とタイは、太平洋戦争以来「仲がいい」のか?


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√小学校であだ名を禁止する案が出ているというハナシをテレビがやっていた。テレビのコメンテイター連中は、あだ名をつけることで連帯感が増すとか、嫌なあだ名をつけられてもくじけないことで社会に出るためのメンタルの強さを獲得できるとか、いろいろ言っていたが、そんな話は全部マトハズレ。


小学校のあだ名禁止は、なんのことはない「社会のバリアフリー化」の一つ。バリアフリー社会とは、言ってしまえば、「自然淘汰」を許さない社会のこと。例えば「あだ名ごときで」自殺してしまうように生まれついたか、育ってしまった子供を、かつては、仕方ないものとして「見殺し」にしていたのが、そういう「自然淘汰」を受け入れることを拒否し、とにかくその手の或る種の「弱者」も生き延びられるようにするという工夫、あるいは理念の実践がバリアフリー社会の実現。「小学校でのあだ名禁止」は「車椅子生活者のために段差をなくす」のと同じ次元の話。


それでいうと、コメンテイターの誰かが言っていた、どうせ禁止にするなら小学校だけじゃなくて、中学以降の社会に至るまでずっと禁止にしないと、あだ名に免疫のない連中はあとで苦労する、は、良く言えたコメント。

2020年11月2日月曜日

LynchのWeather Reportで、ショーン・コネリーが死んだことを知った


2020年11月2日 月曜日/晴


録画装置の調子が悪いので、『未来少年コナン』の最終回「大団円」をリアルタイムで見ようと待ち構えていたら、なんとやらない。テレビ欄には、予定の時間からは、かわりに『おげんさん』の第3回の再放送をやるとなっている。ところが、今(00:55)テレビをつけたら、なんとちゃんと『コナン』をやっている。ちゃんとやれNHK。


というわけで、追っかけ再生で最終回を見たが、『ガンダム』のニュータイプの感応は、ラナが最後に海を漂うコナンを探すテレパシーそのまま。


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11月1日付のLynchのWeather Reportで、ショーン・コネリーが死んだことを知った。ショーン・コネリーといえば、自分としては、ジェームズ・ボンドではなく、『The Rock』の人。


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『ガンダム』視聴メモ

第13話「再開、母よ…」


ガンペリーでガンダムを持ってきたカイが「よう、アムロ、空中換装ってのをやってみるかい」

アムロがガンダムで敵の地方基地を蹂躙しているのを見たブライトが

「アムロめ、何をしているんだ?」

それに対してフラウが「敵の基地をやっつけてるんでしょ?」

ブライト「あんな地方の前進基地を叩く必要がどこにあるか。カイもカイだ。テストもしていないのに敵前でガンダムをドッキングさせたりして。単なる消耗戦なぞ、今の我々には自分の首を締めるに等しい」

ミライ「ブライトさん!」

ブライト「間違っているかね?」

ミライ「いいえ…」

ところが、その後、アムロに母親ににこやか挨拶するブライト

カマリア「アムロがお世話になっております」

ブライト「我々こそ。アムロくんのおかげで命拾いをさせてもらってます」

カマリア「そ、そんな」

ブライト「いやあ、事実です。今日の彼の活躍もめざましいものでした」

@自分を褒めるブライトの言葉を聞いているアムロの微妙な表情。ホワイトベースに帰ってすぐ、ブライトにきっちり叱られているはず。全然子供向けアニメじゃないぞ『ガンダム』!

ブライト「アムロ君どうする? 我々は出発するが」

@因みに、テレビ版ではまだアムロの母に名前はついてない。エンドロールも単に「アムロの母」となっている。つまり、それくらいの「価値」しかないキャラなのだ。


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√アメリカ大統領選の様子をテレビで見る。節操のない中傷合戦や、暴動に備えて店舗がガラス窓をベニヤ板で覆ったりとか、まあ、とても、「先進国」の選挙の様子とは思えない。

2020年11月1日日曜日

三木聡の『音量上げろタコ』を観た。


2020年11月1日 日曜日/晴れ


三木聡の『音量上げろタコ』を観た。前作の『俺俺』で三木聡の作る映画には見切りをつけたので、今作もまったく観るつもりはなかったのだが、ツキアイで、仕方なく観た。


で、始まっていきなり音が小さいのに驚いた。というか辟易した。すでに見た連中によると、そもそもそういう映画らしく、映画館でも「聞こえなかった」らしい。これは、おそらく、シンの「大声」や、きっと最後にふうかが出すであろう「大声」を際立たせるための、全編を通じた「前フリ」的な「工夫」だろうと思ったけど、とにかく、自分の耳に水が詰まったような感じでものすごく不快だった。音が小さいことが、ではなく、耳が詰まっている感じが不快なのだから始末におえない。俳優の発する声が、映画の中の環境音にかき消されるというか、巻き込まれる感じの音になっていて(意図的そうしているのだ)、その聞こえ方がすごく不快で、もう、映画の中身がどうとかいう以前に「ちょっと勘弁して」となってしまった。映画館で隣の奴が臭いとか、冷房が効きすぎとか、そういうのと同じ、生理的な不快さ。


もう少し音について言えば、多分、現実の環境での人間の言葉のやり取りを「そのまま」録音すると、この映画のような「聞きとりにくい」音になるのだろう。つまり、現実の世界は、思っている以上に「周りがうるさい」のだ。でも、人間の耳というか脳には、周りの環境音を「無視」して、自分が聞こうとしている相手の声を選択的に「拾う」能力があるので、特に不自由を感じない。ところが、現実の環境のままの音を俳優のセリフも含めて「そのまま」録音したものを「そのまま」スピーカーから再生されると、脳は「環境音を無視して人の声を拾う」ことができず(スピーカーから出ている時点で、全てがひとまとまりの音になってしまうので)、人が喋っているのが見えているのに声はよく聞こえないという「耳が詰まった不快な感じ」が生じてしまうのだろう。


で、そういう生理的な不快さに耐えながら観た映画の「中身」は「少し真面目なことを照れ隠し全開で言ってみた」という感じ。『ダメジン』以来の作品を見る限り、この監督には、作品に深みとか重みとかを出す才能は皆無なのだが、やっぱり年を取ってくると、普通の意味で「人の心を打つ」ような作品を作ってみたいと思うのだろう。結果、こんな感じの「そこそこラーメン」が出来上がってしまう。