「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年1月21日月曜日
現の虚 2014-5-8【魔女と死神】
今日、地下街で、ちゃんと人間の姿をした男に会ったよ。
俺がそう云うとコビの箸が止まった。止まった箸の先の刺身は、一瞬、わさびを溶いた醤油の小皿に戻りそうになったが、それじゃあ醤油をつけすぎることになると思ったのだろう、当初の予定どおり彼女の口に収まった。
その男、目の白目も黒目も赤くなかった?
そうだけど、よく知ってるね。
ああ、ソイツ、死神よ。
俺は思わず笑いそうになった。コビの云った死神という単語がバカらしかったからじゃない。コビが死神だと云ったその男は、コビのことを魔女と呼んだのを思い出したからだ。
ちょっとそこで缶珈琲でも飲みながら話そうじゃないか、と俺を誘った顔面包帯グルグル巻きの赤い目玉の男は、俺に奢らせた缶珈琲で煙草を吸いながら、俺の身に起きたここ何日かの出来事を聞き出した後で、ヤッパリネと頷き、
その小さい女は間違いなく魔女だ。
と云ったのだ。もしどちらの云い分も本当なら、人間界に潜む魔女と死神が、お互いの正体をばらし合って、いったい誰に何の得があるのだろう?
魔女だなんてバカバカしい。
他人を死神呼ばわりしたコビが、大根のツマを食べながら半笑いで云う。
アタシは魔女じゃない。けど、ソイツは死神。
俺は服に醤油が飛ばないよう慎重に刺身を口に運ぶ。
でも、死神なら知ってるかも。つまり、今アンタを苦しめているクスリの副作用をどうにかする方法よ。いや、きっと知ってるわ。なんせ、大昔から無駄にずっと生き続けてるわけだから。
なるほど。でも、また会えるかどうかわからないよ。
会えるわ。アンタが、外で人間を見かけたら、それは死神なんだから。普通は死神を見つけ出すなんて不可能よ。死神にはコダワリのスタイルも制服もないから人間と全然見分けがつかないもの。けど、クスリの副作用で、今のアンタは、命を持った人間がチガウモノに見えて、逆に、命がないのに人間の姿をしている死神だけが人間のカタチに見える。それで、今日も大勢の人間の中に紛れ込んでいる死神を簡単に見つけることが出来た。またきっと見つけられるわよ。それで、次に死神に会ったら、クスリの副作用を消す方法を訊いてみなさいよ。たぶん教えてくれるから。死神ってヒマを持て余してる隠居老人みたいなもんだから、お節介なことが大好きなのよ。それにしてもちょっとした発見ね。アンタを苦しめる副作用が、厄介な障害じゃなくて、死神を見つけ出すための便利な能力だったとはね。