2019年1月30日水曜日

現の虚 2014-6-6【中州で砂の塔を作る二人】


広い川の小さな中州で、高い砂の塔を作ろうとしている二人組に会った。浅黒いヒゲの男が後ろ手で歩き回って指示を出し、ヒゲのない太った男が砂を相手にスコップを振り回している。

ヒゲの男は、自分はイラン人だと云った。自称ヒゲのイラン人の後頭部にはネグセが残ったままだから、おそらく学者だ。作業をする太った男は普通のアメリカ人だろう。不気味なほど巨大なプラスチック製の牛乳の空きボトルと、見覚えのあるハンバーガーの食い散らかしがそこら中にあったし、着ているTシャツが赤と黄と茶の三色で汚れていたからだ。自由を標榜する普通のアメリカ人は、自由以外に関心はないのだ。

ヒゲのイラン人が俺に云った。

砂で円形の塔を造る場合、その高さの限界は土台の半径の3分の2乗に比例する。更に、砂に含まれる水分は1パーセントが最良である。結論を云えば、この中州では、我々が構築を目論んでいる塔は絶対に作れない。まず、目標の高さを実現する為に必要な土台の広さがこの中州の広さを超えている。更に、この中州の砂に含まれる水分量は1パーセントを遥かに超えており、粒子も粗い。海に出なければ我々の塔は決して完成しない。我々は誤った場所で作業している。

太ったアメリカ人は、イラン人がダメだと云ってる中州の砂を黙々と積み上げている。イラン人は、作業をするアメリカ人から目を離さないで続けた。

中州は河口に出来やすい。そして、河口とは海の近くのことだ。つまり、我々は海のすぐ近くにいる。にもかかわらず、海には行けない。見たまえ、この川の流れを。丈夫な船がなければ、我々はこの中州を出ることすらできないのだ。海に行けば、高い砂の塔が作れる。だが、我々は海には行けず、よって、高い砂の塔も作ることができない。

そのとき空に轟音が響いて、上空を一機の飛行機が通り過ぎた。少しして、たくさんのナニカが空から降って来る。それはパラシュートにぶら下がった箱だった。殆どの箱は川に落ちてそのまま流されたが、一つが俺たちのいる中州に落ちた。太ったアメリカ人は作業を中断して、その箱を拾いに行った。アメリカ人は、意外に大きいその箱を抱えて戻って来ると、笑顔で中身を見せてくれた。分厚い緩衝材に囲まれた小さなスペースに、ハンバーガーと珈琲のセットが一人前入っていた。

これがアメリカ人の云う、自由のための義務と権利の、その成果らしいのだよ。

自称イラン人は顔をしかめてそう云った。