「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年1月22日火曜日
現の虚 2014-5-9【レジ台の下】
コビが死神だと主張する、顔面包帯グルグル巻きの赤目の男に次に会った時、俺は、俺を苦しめてるクスリの副作用を消す方法を知っているか訊いてみた。
もちろん。
じゃ、アンタは死神?
よくご存知で。
死神は床に落ちていた地下鉄の切符(使用済み)を拾って、それに鉛筆である住所を書いて俺に渡すと、そこに行けばいいよ、と云った。それは俺の全然知らない住所だった。魔女に見せれば分かるさ。ところで、とおしゃべりな死神。住所って変な言葉だと思わないかい。誰かが住んでるなら住所ってのも分かる。けど、誰も住んでいない会社でもその所在地は住所と云う。アレは、会社が虚構の人格だからさ。会社は法人という一種の人間なんだ。だから、会社が住む所という意味で住所。
という話を聞かされたとコビに話したら、デタラメよ、と一蹴された。
いかにも死神が云いそうなことね。時間が無限にあると、時間を無駄にすることが苦にならなくなるのよ。
コビは、今は誰も住んでない一階がスーパーだったマンションの、裏手にある商品搬入口の横のドアを開けた。ドアには鍵がかかっていたが、コビは使い慣れた感じの妙な道具を使って、あっさりそれを開けた。もしコビが本当に魔女なら、きっと、盗賊から「転職」した魔女なのだ。
廃墟のマンションは、ヒトケどころか電気も水も来てない様子で、昼間なのにとても暗く、カビと埃のニオイに埋もれていた。本当にこんな所に俺の副作用をどうにかするナニカ、もしくはダレカが、あったり居たりするんだろうか。しかし、コビに拠ると、ココこそが死神が教えてくれた住所なのだ。
ここが元スーパーだったからというわけではないだろうが、コビは背負っていた鞄からポス端末のような装置を取り出した。もちろん棚卸しの作業を始めるわけではない。第一、棚に商品は一つもない。そもそも、コビの装置はポス端末に似てはいるがポス端末ではない。では何の装置かと訊かれても、俺には分からない。
ポス端末に似た謎の装置を覗き込みながらガランとした中を歩き回ったコビは、最後に、五つあるレジ台の端の一つの下に潜り込み、何かをベキッと引き剥がした。その辺に置いといて、と、今引き剥がした板を俺に渡すと、暗視ゴーグルを装着して、床に開いた真っ暗な穴に頭を突っ込んだ。
あ、あった。へえ、こんな所にもあったのね。
コビはそう云うと、穴から頭を抜き、暗視ゴーグルを付きの変な顔で盗賊っぽくニヤリと笑った。