2019年1月23日水曜日

現の虚 2014-6-1【ナハト・ヴァンピール/クンツサンポ】


廃墟のスーパーは暗かったが、その床下にあった秘密の空間は更に暗かった。真っ暗だ。俺には何も見えない。だがコビは、ドイツ製の「ナハト・ヴァンピール」という暗視ゴーグルを付けて、真っ暗な中を自由に歩き回っている。ナハト・ヴァンピール。英語で云えばナイト・ヴァンパイア。つまり「夜の吸血鬼」だ。

その、夜の吸血鬼が何か見つけたらしい。

拾って、パンパンと埃を払う音。それからグイッと手首を掴まれた。俺はモージンのようにコビに手を引かれて、真っ暗闇の中を歩き出す。すぐにコビの指示で少し屈む。その姿勢でしばらく歩き、もう大丈夫と云われ、背中を伸ばし、更に歩いて止まった。鍵のかかったドアをコビが例の盗賊スキルで開けている音がする。ドアが開く音。空気のニオイが変わる。温度も少し下がった。登りの階段と云われて、恐る恐る足を持ち上げ見えない階段を登る。階段終わりと云われて普通に歩く。足元の感じが変わった。コンクリートから板張りになった。着いたわ、という声に続いて引き戸が開けられる音。

ちょっと待ってて。

その場に突っ立って待つ俺。カチン、カンコロコンと音がして白い光が跳ね回る。旧式の蛍光灯が点いて眩しい。

俺は、和室4畳半のアパートの部屋の入り口に立っていた。小さい流しと小さい押し入れ。時代がかった丸いちゃぶ台の上に小型の白黒テレビ。それに昔のゲーム機が繋がれている。赤と白のツートンカラーで、子供が踏んでも絶対に壊れない設計の、一世を風靡したアレだ。

靴脱いで上がってよ。

そう云いながら鞄に暗視ゴーグルを仕舞うコビの足もとを見ると、ちゃんと脱いでいた。部屋はキレイに掃除されている。空き家ではなく、誰かが住んでいるということだ。

俺は脱いだ靴のヒモ同士を結んで、それを自分の首から提げた。

何してんの?
前に靴をなくしたことがあるんだ。
あら、そう。

コビがポケットから埃だらけのカートリッジを取り出してゲーム機に差す。テレビをつけてゲーム機の電源を入れると、四隅の丸い白黒画面に粗いドット絵でナニカが描き出された。胡座をかいた男の正面に裸の女のが抱きついているように見える。何これ?

クンツサンポよ。
何散歩?
法身とも云う。
音は?
容量を食うから入ってない。
どんなゲーム?
ゲームじゃないわ。

コビがゲーム機のコントローラを渡す。俺はスタートボタンを押した。ナントカサンポは消えて、粗いドット絵の太った髭面が現れた。

誰?
湯上博士よ。