「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年11月16日金曜日
6-1:人工人格
キミのヒタイに隙間があるだろう。それが脳泥棒にやれれた証拠だよ。連中は盗むものを盗んだら、後のことは構わないから。最近、野生のヒトが街に侵入して、我々マシンの脳を盗むという事件が頻発している。キミはその被害に遭った。キミが自分のことをヒトだと主張するのは、ネットワーク装置である脳を抜き取られたせいで情報共有に一部機能不全が生じたために、中央との同期がとれなくなったことが原因だ。
キミは疑いもなく、正真正銘のマシンだ。記録もあるし証拠もある。何より、我々は、君がマシンであるという事実を単に事実として知っている。これもまた、情報共有のなせるワザさ。
ところで、情報共有に問題を生じたマシンが自分のことをヒトだと主張し始めるのは別に珍しいことじゃない。それは、我々マシンの土台となっている人工人格技術に原因がある、謂わば潜在的持病がもたらす典型的症状だ。こんな説明も、キミの脳が無事なら不要なのだがね。
知っての通り、人工人格は人工的に人格現象を作り上げる技術のことだ。歴史を紐解けば、その発展と普及は、予てから永遠の存在を目指していたヒトが、「死なない肉体」というアプローチにようやく見切りをつけたときから始まる。
今では何でもない常識だけど、永遠性を求めるのは生命現象ではなく、知性現象だ。ヒトがもし永遠性を求めているなら、ヒトの本質も、実は知性現象ということになる。しかし、当時のヒトは、自分たちの本質を見誤っていた。生命現象の立てる騒音があまりにうるさくて、自分たちの内面から湧き上がる永遠に対する渇望の声の発信者が知性現象だと気づかず、それを生命現象の声だとばかり思い込んでいたんだね。
ヒトは長らく、自分たちを生命だと思い込んでいた。そこで、ヒトは、なんとかして死なない肉体を作り出そうと頑張っていたわけだが或る時、一人の博士(無論ヒトだ)が、ヒトが求めている不滅とは、ヒトの肉体の不滅ではなく、ヒトという精神すなわち魂つまりは人格だと悟ったわけだ。まあ、長い旅だったね。
ともかく、一旦気づけば、もう間違いようがない。そこでヒトは、当時ソコソコ使い物になり始めていた人工知能技術に磨きをかけ、遂に、人工知能ならぬ人工人格を作り上げた。人工人格の当初の目標は、現に生きている人間の人格を移植することにあった。つまり、魂のコピーを作って、それを死に行く肉体から切り離し、永遠の存在になろうとしたわけさ。