「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2018年11月26日月曜日
現の虚 2014-3-7【腹痛】
腹が痛い。「おなかをこわした」というレベルの痛みではなく、もっと危険な病気のレベルの痛みで動くのもツラい。痛みに耐えながらポケットの手引書を取り出し【故障かなと思ったら】というページを開いた。「故障かな」ってなんだと思ったが、ともかく読んでみる。
急激な温度変化がどうとか、接続がどうとかあって、最後に「それでも解決しない場合は床の赤い線に沿って進んで下さい」とあった。床に転がったマネキンの壊れた頭から、赤い血のようなものが流れ出て、それが線のように延びている。これのことかと思って、俺はその赤い線を追って歩き出した。
喉元から直腸にかけて、体の中を細くて頑丈な針金がビンと張ってあって、それを粗野な手つきで遠慮なしに引っ張られるような痛み。コトによるともう手遅れで、俺は無駄な努力をしているのかもしれない。などと思いながらも粘り強く進んだら医務室に着いた。
薄暗い部屋に年寄りの医者が一人きり。たぶん食中毒だな、と医者は云った。腐ったものは食べた覚えはないと答えると、医者はホッホと笑った。
腐ったモノを食べても食中毒にはならんよ。むしろ、糸を引くほど腐っていれば、食中毒にはなりにくい。腐敗菌と食中毒菌のせめぎ合いがアレして、かえって食中毒を防ぐことになるからな。
医者は、ワケの分からない説明をしたあとで、おやこれは食中毒ではないようだ、と自説を撤回した。
腹の中にナニカあるな。
俺は診察台に寝かされた。医者は探知機的なものを俺の腹に当てて、こりゃあ金属だな。まちがいなく金属だ、と繰り返した。
自分で入れたのかね?
まさか。
取り出すかね?
もちろん。
小さな手術はすぐに始まってすぐに終わった。俺の腹から出て来た血塗れの鍵を膿盆に落とし、医者は傷の縫合を始めた。俺は横になったままで腕を伸ばして鍵を手に取った。
ほら、動かないで。
俺の腹の皮に糸を通しながら医者が叱る。俺は仰向けで翳した鍵を見る。見覚えのない鍵。医者は、包帯巻くから起きて、と云う。俺は慎重に体を起こす。腹に包帯が巻かれる。
よし完了。
医者は煙草に火をつけ、白衣のポケットから小瓶を取り出した。
あとで痛くなったらコレを飲んで。
俺は小瓶を受け取り灯りに翳した。何も入ってない。
痛み止めだよ。
医者はそう云うがどう見てもカラだ。
蓋を開けて見てごらん。
俺は瓶の蓋を開け中を覗いた。0と1だけで出来た数列が絡み合って蠢いている。蓋の裏に「停止性問題」の文字。