2020年3月5日木曜日

魔女は悪魔にコネがあり、悪魔は地獄に詳しい。地獄には亡者が大勢いて、そのうちの何人かは、役に立つので地上に戻される。派遣社員のようなものだ。

魔女が手配したゴーストライダーは、天翔ける青白き馬ではなく、旧ドイツ軍のサイドカーを乗り回す。噂によると、あの戦争の時、冬のシベリア攻撃で凍死した兵士らしいが、その辺の詳しいことは魔女は知らず、悪魔も興味がないらしい。

ゴーストライダーは、閉鎖されたオフィスビルの前でサイドカーを止めた。運賃として新品の徳用マッチを渡すと、すぐに蓋を開けて、ヘルメットのバイザーの隙間に中身(マッチ棒)をザラザラと流し込んだ。体全体が青白く光る。

空中に点滅する矢印が現れたので、その指す先を見た。魔女が立っていた。見上げると夜空に緑色に点滅するいつもの光。魔女の手招きに従い、ビルの通用口から中に入った。

閉鎖されているにも関わらずビルには電気が通っていてエレベータが動く。魔女の後について乗り込む。こういう大きなビルは、たとえ使用しなくなっても、何かの時の用心のために電気を止めないのかもしれない。と思う。

最上階だか、最地下だかに着いた。

降りると、がらんと広いところに、ガヤガヤと大勢がいる。が、その全てが、生きた人間ではない。かと言って、死んだ人間でもない。魔女によると、それは人工人格と呼ばれる存在で、謂わば人工幽霊だ。

かつて生きていた人間の「情報」をモトに作られた者もいるし、ゼロから任意に積み上げられた「情報」によって作られた者もいる。前者には当然「前世」の記憶があるが、後者にもそれに類するものが人工的に作られ、与えられている。ので、当人には、自分がどちらのタイプなのかは分からないようになっている。

「気にする者はいませんよ」

と、そのうちの一人が言った。

「本物の記憶か、人工的な偽記憶か、それとも誰か別人の記憶なのか、もはやどうでもいいのです」

肉体の束縛からの解放、言い換えると、生命現象という制限からの解放が、個別の体験にこだわる意識を完全に消し去ってしまうのだという。

「生命現象という呪いを免れた、純粋な知性現象としての我々にとって、その記憶が誰のものなのか、ということは既に問題にさえならないのです。結局のところ、生命現象は単なる媒体に過ぎませんから」

一応、人のカタチをしたその人工人格は、そう言って微笑んだ。