2020年4月24日金曜日

魔女の隠れ家になっている高層マンションのエレベータの操作ボタンはいくつかが絶えず故障している。故障ボタンは確定していない。すべてが故障していることもない。利用者は、上昇するにしても下降するにしても、機能しているボタン(故障していないボタン)のうちで一番遠くに(先に/上に/下に)まで行けるボタンを押す。足りない分は、降りて階段を使う。

最近の日課として、魔女が「仕事(と当人は言う)」に出かけた後で、軽い運動を兼ねて、少し出歩くことにしている。

外着を着て、廊下に出て、エレベータに乗り込むと、今日は下降ボタンがどれも故障していた。代わりに、いつも故障の「R」ボタンが機能している。「R」すなわち「屋上」だ。運動不足解消のための外出なのだから、別に地上である必要はない。屋上をウロウロしてもいい。

オレンジ色に光る「R」ボタンを押した。

着くとそこは「空港」だった。しかし、少し様子が違う。随分と寂しい。「空港」にしては、利用客が少ないのだ。まるで昔乗った田舎のフェリーの乗り場。ただし、料金がフェリーどころの騒ぎではない。市中の路線バス並みの安さ。しかも、よく見れば、一律料金。隣国に飛ぶのも、地球の裏側に飛ぶのも全く同額、破格の300円である。

知っている。地球規模パンデミックがきっかけでこうなったのだ。

すなわち、「今では」、国際旅行をする旅行者は、それが観光だろうと商用だろうと政治活動だろうと、常に、行った先の国で14日の間「検疫」のために隔離される。移動手段は発達しきって、世界中どこへでも24時間以内に到着できるが、到着してから2週間、身動きできない。それはつまり、どこに行くにしても、外国に「入国」するには2週間かかることになったということだ。

無論、出発前に自国で14日間の「検疫隔離」を済ませれば、その証明書が発行されて、外国に到着後すぐに「入国」できるが、いずれにせよ、日数がかかることに変わりはない。

というわけで、一昔前のように、誰もかれもがホイホイと外国に旅行することはなくなり、空港は、場末のフェリー乗り場のように寂れてしまった。

検疫隔離と言っても、その間、外界との接触を全く絶たれるわけではない。ビジネスや政治に関わることで、どうしても「直接」会って話し合わなければならない人々は、やはり「外国」に飛び、ちょうど、囚人と弁護士が面会するような形で、透明な仕切り越しに話し合いを持つ。