それにしても19階はものすごく高い。19階でこんなに高いんだから、最上階の60階は恐ろしいことになっているはずだ。大体こんな高層なら、普通、窓は全部ハメゴロシじゃないのか。それとも住宅は違うのか。19階から落ちたら下に着くまでしばらくかかるだろう。60階から飛び降りたら、空気との摩擦で途中から燃え出すんじゃないか。
などと思いながら、ベランダに積もった雪の中に突っ立って煙草を吹かしていたら、部屋に灯りが付いた。バイク乗りのような格好をした小さい女子が両手で抱えて運び込んだ買い物袋をテーブルに置くのが見えた。この部屋を盗んで家主になりすましているコビ(偽名?)が帰って来たのだ。俺はベランダのガラス越しに手を振った。
盗んだわけじゃないわ、と自分の小皿で餃子のタレを作りながらコビが云った。死んだ人間に所有権なんてないもの。所有権のないものを使ってるんだから、空気を吸ってるのと同じでしょ。
なるほど。俺はそう云って、大皿に盛られて湯気を立てている餃子の山に箸をのばした。俺は、コビの手作り餃子を30個と白米を茶碗に1杯、ビールの中瓶を1本半飲んですっかり満足した。それで気が大きくなって、訊かれてもないのに、今の自分には変なものが見えるのだ、と話した。
逆の立場で、俺がもし、前日に道で拾った女子から、通行人が箒や鶴嘴に見えるとか、空に龍が飛んでるのが見えるとか聞かされたら、きっとメンドクセエと思うだろう。だからコーユーコトは黙ってる方がいいのは分かっていた。けど、多分、手作り餃子とビールをごちそうしてくれる相手に対して、人間は誰でも、遠慮や警戒心をなくすのだ。
俺のメンドクセエ話を聞いたコビは、澄ました顔で最後の餃子を箸で摘むと、クスリのせいよ、と云った。
副作用ね。クスリが効いてる間はいろんなものがいろんなふうに見えるけど、クスリがキレたらアンタ死んじゃうんだから仕方がないわ。この部屋にいれば副作用は現れないから、変なものが見えてイヤなら外に出なければいいのよ。
いや、変なものが見えても構わないんだけど、変なものが見えても何とも思わないのがブキミなのさ。
どっちにしろ、アタシには関係ないから。
コビはそう云って最後の餃子を口に入れた。