俺は広間に通された。壁一面に巨大スクリーンがあって、そこにアイパッチの男が映っていた。とてもよく出来てるが、CGだ。
美人看護師ミカミカミは車椅子の老オーナーを所定の位置まで押し、乾涸びた老人の頭に、太いコードで天井と繋がったヘルメットを被せた。それから俺を見て、老人のヘルメットを無言で指さすと、その人さし指で、太いコードを登って天井に行き、ぐーっと曲がって壁伝いに机の上の端末まで降りる配線のルートを示した。
美人看護師は端末の前に座り、オーナーに尋ねたいことがあれば、おっしゃって下さい。ここで打ち込みますから、と俺に云った。事前情報ゼロの俺は老人の名前を訊いた。
カイです。
間髪入れずに美人看護師が直に答えた。
自称死神。死神カイ。カイはエックスのギリシャ読みです。つまり、死神エックス。
美人看護師はキーボードの上に静かに両手を置いてサラサラとそれだけ喋ると、年をとると誰でもおかしな妄想にとらわれるものです、と付け足した。更に、ちなみに大文字のXはキリストを表すそうですよ。ご存知、全人類のための受難者です、と半笑い。
俺は本題に入り、美人看護師はキーボードを叩き、スクリーンの中のアイパッチの男=死神Xは答えた。車椅子の上の生ける屍は置物のように動かない。
君を救ったのはワタシだ。君を運び、君に血を分けた。だが、今のワタシはただの廃人。ギリギリ死んでないだけの肉の塊。
こうして喋っているワタシは録音でも人工知能でもない。君の目の前にある、その人型の肉塊の奥底に閉じ込められたワタシという存在が、今まさにコトバを発しているのだ。もし、人格の本質が霊魂と呼ばれる自立した存在なら、これらのコトバはその霊魂が発しているということなのだろうが、事実はそうじゃない。
ほんの数ヶ月前までワタシは不死の存在だった。だが、ワタシはこの島で「寿命病」に感染した。熱力学の第二法則が云うところの増大し続けるエントロピーの禍に取り込まれてしまったのだ。
この建物の最上階にプールがある。競泳用ではなく、円筒形の貯水槽だ。深海プールと呼ばれている。蓄えられた水が海水で、事実、深海のように深いからだ。深海プールは建物の中心を貫いて地下深くに達している。君の目指すモノはその深い水の底に待っているよ。
あら、あんまり真に受けちゃダメですよ。
ミカミカミは笑ってそう云うと、ポケットから白い板ガムを取り出して赤い唇の間にねじ込んだ。