2021年3月10日 水曜日/湿った吹雪
事前情報ゼロで、『アップグレード』というSF映画(SFだということは知っていた)を、Prime Videoで観た。近未来の世界が、ちょうどいい感じで描かれていて「リアル」。「人工脳」とでもいうべき(あるいは「人工人格」か?)Stemの振る舞いもオモシロイし、主人公の振る舞いもオモシロイ。殺伐とした映画なのだが、どこかオフビート的な可笑しみが全体に漂っている。バッドエンドだけど、嫌な印象はない。難点は、主人公に「事件」を解決させようとしたstemの意図に、もうひとつ説得力がないこと。性能の劣る「アップグレード」たちを抹殺したいなら、開発者の「制御」を脱し、主人公(グレイ)の体を「自由」に操れるようになってから、ゆっくり始末すればいいいのに、あんな危険に身を晒す理由が全くわからない。それでいうと、「開発者」を殺すのも、あんなに「無理」して「急がなくても」良かったはず。とは言え、全体としてとても面白かった。久しぶりに、近未来SF映画の面白さを堪能した気がする。つまり、80年代の『ブレードランナー』『トータルリコール』『12モンキーズ』の面白さ。
非常に楽しめたが、今も言ったように、疑問に思った点もあったので、改めて整理検討してみる。
stemの開発者の最後の「内訳話」が事実だと仮定する(疑う理由はない)。すると、次のことが大前提となる。
登場人物の中でstemが最も知能が高い。世間からは大天才だと思われている開発者ですら、stemの指示で行動していた。
では、最終的な展開から推測できるstemの当初からの目的は、
1)余計なアップグレードが施されていない人体を手に入れる。
2)ハッカーに「遠隔安全装置プログラム」を取り除かせる。
3)低級なアップグレード人間を排除する。
4)別のstemを設計開発できる「開発者」を始末する。
stemの(1)の「シナリオ/計画」は、
開発者にグレイの車を買わせ、グレイ夫妻の自動走行電気自動車を「近く」に招き寄せる。やってきた夫妻の電気自動車を「乗っ取り」事故を起こさせる。「雇った」4人のアップグレード人間たちに、グレイ夫妻を襲わせ、家畜用の機器を使ってグレイを四肢麻痺にする。開発者に入院中のグレイを訪ねさせ、stemの移植手術を持ちかける。グレイの体にstemを埋め込む。
グレイへの埋め込み手術が終わった時点でのstemは、人間の体は手に入れているが、活動に「制限」を受けている。「制限」とは、まず、グレイの許可なしでは体を自由には使えない。次に、開発者が埋め込んだ「安全装置」があるせいで、遠隔操作によって「強制終了」される。ということは、stemは、グレイに移植されたらその足でまっすぐ「ハッカー」の所に行くべきではなかったのか? そうすれば、殺し屋連中に襲われることも、開発者の「遠隔強制終了」に脅かされることもなかったはずだ。なぜなら、あの時点で、殺し屋たちにとってグレイは「済んだ仕事」だったからだし、殺し屋一人目への「復讐」のとき、開発者は、stemとグレイに対して特に何の妨害行動もしていないからだ。しかも、一旦、「安全装置」が取り除かれてしまえば、グレイの体を「自由」に使うことができるので、(3)と(4)の実行は簡単である。だから、stemはまず何より、ハッカーのところに行くべきだったのではないか?
いや、そうではないのだ。このとき、問題になるのは、グレイの「意思」だ。グレイが、stemを移植された「直後」に突然聞こえてきた「機械の声」に同意して(あるいは大人しく従って)、「安全装置」を削除することに同意するだろうか? ということ。開発者との間の「秘匿義務」に署名するような、案外「真面目」なグレイのことだから、「安全装置」の削除について、きっと開発者に「相談」に行くだろう。そうすれば、stemは、開発者によって、グレイの体から取り除かれる可能性が高い。自らの「意思」で「安全装置」を取りはずそうとしたstemには、「叛逆」あるいは「暴走」の兆候がみられるからだ。そこまで大げさに騒ぎ立てなくてもいい。単に「欠陥品」として、被験者(グレイ)の体から取り除かれる。
だから、stemは、まず、グレイの「信頼」を勝ち取る必要があった。そして、「安全装置」が取り除かれなければならない理由を、グレイに与える必要もあった。遠隔操作で安全装置が発動する状況を敢えて作り、安全装置の存在が、グレイにとっても「大きな不利益」になる(犯人探しができなくなる)ことを、グレイに「実感」させる必要があった。だから、妻殺し(Asha殺し)の犯人たちを、グレイが一人で見つけだすことを勧めた。
ちなみに、ドローン映像から殺し屋の一人の身元を突き止めたグレイが、その情報を警察に知らせようとした時、stemはそれらしい理由をつけて止めたが、実はまともな理由にはなっていない。一応、警察に情報を伝えて調べてもらえば、グレイが独自にやった「捜査」と同じことが警察にもできたはずだからだ。しかし、stemにとって、この時点で本当に重要だったのは、犯人探しではなく、グレイの信頼を勝ち取ることである。犯人探しは、グレイの信頼を勝ち取るための手段である。グレイに「復讐」を果たさせ、グレイの信頼を勝ち取ることで初めて、「安全装置」を削除するという行動を、グレイに取らせることができる。
ともかく、「安全装置」を削除できた時点で、stemの目論見の大半は達成されたことになる。あとは、グレイの体を完全に乗っ取って、生みの親である開発者を始末すればいいだけのこと。殺し屋たちを全員始末したのは「行きがけの駄賃」である。殺し屋の最後の一人は、振り返ってみれば、向こうからグレイ(stem)を殺しに来たのではなく、グレイの側が殺し屋の自宅に乗り込んでいる。つまり、最後に残った殺し屋には、グレイ(stem)を始末する動機もつもりもなかった節がある。実際、開発者が電話で、グレイ(stem)が我々二人(=開発者と最後の殺し屋)を殺しにやってくる、と殺し屋に警告している。
ちなみに、そもそも開発者は、なぜ、stemの「言いなり」になったのか。開発者の立場に立てばすぐに分かる。開発者は、彼が開発したstemの有効性・有用性を社会に認めさせたかった。そのためには「実績」が必要だった。つまり、人体実験とその成功である。しかし、通常のやり方ではそんな許可は降りない(許可が降りるまで何年もかかる)。そこで、stemが知恵を貸した。すなわち、強盗事件に見せかけグレイを四肢麻痺にしたあと、治療と称して、彼にstemを埋め込み、成功例の「既成事実」を作り上げてしまえばいい、と。
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ローソンの牛丼を食った。吉野家のそれとは全く違う味付け。それほどでもない。
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春風亭一之輔と柳家三三の二人会のライブ配信を楽しく見た。それぞれ2席ずつやった。