2020年7月6日 月曜日/晴。室温28度。暑い!
『未来少年コナン』第10話「ラオ博士」のメモ:
新たな地殻変動が始まり、潜水服で沈没船のそばにいたパッチさんが、倒れてきた沈没船の下敷きになって自力では脱出できなくなる。このとき、海底のパッチさん(実はラオ博士)と、海上(サルベージ船の船上)にいるラナとのテレパシーでの会話は、まんま『ガンダム』の最終回を思い起こさせた。すなわち「ニュータイプ」のソレ。もしかしたら、富野さんの「ニュータイプ」の着想は、このラナとラオ博士のソレなのかもしれない。というのは、この当時、おそらく、富野さんは宮崎駿の下で働いていたはずだから。
あと、ラナも気づかなかったラオ博士の面貌の変わりようは、インダストリアを脱出するのに使ったフライングマシンの爆発に巻き込まれたせいだとわかる。フランケンシュタインみたいになる前のラオ博士は、黒髪ボサボサで、ヒゲもボサボサの、アニメによく出る宮崎駿似キャラ。
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所謂、今「中国」と呼ばれている国の主流派であろう、所謂、漢民族の歴史は、案外に「イジメラレッ子」の歴史なのだと気付かされた。「イジメタ」側は、仏教がひろまる以前のチベット、元(げん=モンゴル)、大英帝国、そして今のところの最後が、大日本帝国。どんなに経済力を高めても、どんなに軍事力を増強しても、国としての「器量」はずっと中間管理職的に思えるのは、案外、その辺のルサンチマンに満ちた歴史に原因がるのかもしれない。しかしその「カリスマ性のなさ」は、「敗戦処女国」であるアメリカ合衆国の、独特の[うぶっぽさと屁っ放り腰感]のある「小者感」から来る「カリスマ性のなさ」とはまた違う。
「敗戦処女国」とは、外国に自国領土を[侵略/占領]されたことがない国という造語。
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都知事選は、当然、現職の小池さんが桁違いの得票でぶっちぎって勝利した。で、思った。コロナ騒ぎの真っ最中の都知事選に立候補した[現職以外の連中]は一体何を考えていたのだろう? まさか、多くの有権者が、コロナ対策について今一番「慣れている」現職都知事を下ろして、わざわざ「何も知らない素人」をその場所に座らせるとでも思ったのか? 他の時期ならともかく、この「コロナの最中」に、現職を向こうに回して立候補するのは、単なる賑やかしでない限りは、自らを[思慮も足りず洞察力もないマヌケ]だと言いふらす「自爆行為」でしかない。