2021年1月14日木曜日

現の虚 2014-6-2 人工人格/人工幽霊

粗いドット絵の太った髭面の湯上博士の胸元にフキダシが現れ、博士の言葉が打ち出される。骨董的ゲーム機のスペックの限界で全てカタカナなのがツラい。しかも、小さい「ツ」や「ヤ」は大きいままだ。


ワタシ・ハ・ドクター・ユガミ。ジンルイ・シジヨウ・サイダイ・ノ・テンサイ・デアル。ワタシ・ハ・コノバシヨ・ノ・アルジ。イノチ・ノ・ナンタルカ・ヲ・トキアカシタ・ワタシ・ハ・コノバシヨ・デ・エイエン・ニ・イキツヅケル。


文の終わりに点滅する逆三角形がある。続きがあるようだ。コビを見ると、頷く。俺はAボタンを押した。


イノチ・ガ・ナンデ・アルカ・ハ・イノチ・ニ・トッテ・サシテ・ジユウヨウ・デハ・ナイ。ナンデ・アッタカ・ガ・ジユウヨウ・ナノダ。イノチ・ハ・ゲンザイ・ニモ・ミライ・ニモ・ナイ。タダ・カコ・ニ・ノミ・アル。


哲学的な問題は、云えば誰でも好きなことが云えるものだ。ソレは結局どこまで行っても所詮はソイツがそう思ってるだけのコトだから。俺は密かにそんな感想を抱きつつ、セリフの続きを表示するためにAボタンを押した。


テツガク・ノ・モンダイ・デハ・ナイ。


力不足のゲーム機が表示する粗いドット絵の湯上博士が、俺の心の声に反論した。いや、テレビを観ていても、観ているこちらの独り言を、テレビの出演者が聞いて答えたかのように思える偶然はタマにある。それと同じだろう。


クスリ・ナシ・デモ・キミ・ガ・シナズ・ニ・スム・ホウホウ・ハ・アル。スナワチ・フクサヨウ・カラ・ノ・カイホウ。


どうやらその手の偶然ではないらしい。俺はまたコビを見た。


コビの解説をまとめるとこうだ。湯上博士は、フルネーム湯上絵馬という変な名前で、本当に大天才だが、もう死人で、今は自分が発明した人工人格となって、コンピュータ・ネットワーク上に存在している一種の幽霊だ。それもタダの幽霊じゃなくて、科学に基づく人工幽霊(=人工人格)だから、実際に存在していて、然るべき装置さえあれば、たとえ自分の脳の側頭葉にレビー小体が過剰に存在しなくても、見れるし、会えるし、話が出来る。更に、人工幽霊(=人工人格)は博士一人ではなく、無数にいて、それはこれまでに死んだ人間や、まだ生きている人間や、あるいはゼロから作り出された人間と多岐にわたる。博士は、そういう大勢が活動する場を、ネットワーク上に仮想空間として構築し、「ニルヴァーナ」と名付け、そこに「住んで」いるのだ。