着いたと云われて、ふと我に返る。
サイドカーのバイクの横のアレは「カー」とか「舟」とか呼ぶらしい。俺は止まったサイドカーの、その、カーとか舟とか呼ばれるモノの座席に座っていた。バイクのハンドルを握っているのは黒革のツナギに金色のフルフェイスを被った謎のバイカーだ。バイクの後部座席に座っていたコビが先に降り、アンタも降りなさいと俺に云う。俺はサイドカーのヘッドライトだけが明るい暗い中に降りて体を伸ばした。
コビが謎のバイカーに新品の徳用マッチを渡す。受け取ったバイカーは、さっそく徳用マッチの蓋をパリパリと開け、中身のマッチ棒をまとめて何本かつまみ上げると、それを、少しだけ開けたバイザーの隙間からヘルメットの中に入れた。
ヘルメットから青白い光が漏れる。
燐が好物なのよ、と暗視ゴーグルを付けたコビが俺の手を取り暗闇に向かって歩き出しながら云った。バイカーは俺達には同行せず、サイドカーのカーに腰を下ろすと、マッチ棒を摘んではヘルメットの中に入れていた。ヘルメットの隙間からは何度もぽーっと青白い光が漏れた。
手を引かれて連れて来られたのは、何のことはない、俺が住んでいるアパートの部屋だった。玄関ではなく物干の窓から(専用の工具で窓のガラスを切って鍵を開け)中に入った。なぜそんなことをしたのか、理由は知らない。
部屋の床に蓋付き小瓶が転がっていた。コビが持ち上げて天井の照明にかざすと、瓶の中でナニカが渦を巻いている。
これネ。開けるわよ。
コビが蓋を開けると、小瓶の中の小さな渦は回りながら外に出てきて大きな渦になった。正体は色とりどりの錠剤だった。空中で渦を巻く大量の錠剤は徐々にまとまり、点描画法で描かれたような魔人になった。魔人は、天井につっかえた体を屈めて、俺に薬クサイ息を吐きかけながら、見かけどおりの雷のようガナリ声で、だが、見掛けによらない丁寧な言葉遣いで云った。
全回復の場合は、2922ポイントと交換になります。よろしいですか?
コビが俺を見て、俺は頷いた。ポイントを2922も失うのは惜しかったが仕方がない。
8年でしたか?
そうです。
長かったでしょう。
いや、意外にあっという間で。
そう答えてから、ナンダコレ、と思う俺。青空の下、制服の刑務官がにっこり微笑む。俺は反射的に微笑みお辞儀をするが、実際はワケが分からない。ポケットから【天引き分2922日】と書かれたメモが出てきて、更に分からない。