僕はクスリの後遺症のせいで頭に虫が湧きやすい。この場合の頭は、頭皮つまり頭の外という意味ではなく、頭の中という意味だから始末がワルい。頭の外に虫が湧いてもそれは単に不潔というだけのことで衛生問題でしかない。けど、頭の中、つまり脳味噌に虫が湧くのはセーシンがイカレテルと云う意味になる。まあ、これも確かに衛生問題と云えば云える。つまり精神衛生上の問題。けど、頭の中に湧く虫は殺虫剤でどうにかなるもんじゃない。そこが厄介だ。
そうでもないわ。
そう云って、僕が立っていた通路の薄い鉄板の下から現れたのは、旧ドイツ軍御用達の暗視ゴールグルを付けた小柄の女盗賊コビだ。
虫が湧く度に煙草の火で焼いてたら顔中火傷痕だらけになると思ったからコレ持って来てあげたわよ。
僕は小さなスプレー缶を受け取る。
殺虫剤ではないけど、少しの間、虫を麻痺させることは出来るわ。これで動きを止めて踏み潰して殺せば、これ以上顔に火傷の痕を増やさずに済む。
コビはそう云うと腕組みをして、暗視ゴールグルを掛けたまま、僕をじろじろ眺めた。そして、自信はあるの、と訊いた。自信があるとかないとかじゃない、と僕は答えた。コビは、そりゃそうね、と云った。
ここまでならアタシも博士のエレベータを使って来てあげられるけど、ここから【下】には行けない。ここから【下】には、人工だろうと天然だろうとゴーストさえ行けないのよ。それはつまり、博士のシステムで来られるのはココまでということ。ここより【下】には本人が〈ソウナッテ〉行く以外にないわ。
分かってるよ、と僕。
この領域の【出口】から一度【外】に出て、それから【下】に行くのよ。
それも知ってる、と僕。
【出口】から出たら、もう虫は湧かない。【出口】の【外】は虫よりも【内側】だから。つまり、そのスプレーは【出口】を見つけて【外】に出たらもう用なしよ。
うん、分かった、と僕。
前にも云ったけど、感覚に実体はないの。感覚は解釈に過ぎないから。アンタがこれから行く【外】や【下】では、今いるこの領域以上にその感覚がアンタを惑わせるけど、それは全てアンタ自身の解釈だと見抜くのよ。そうすれば、何者からもジャマされずに進める。
そして辿り着ける、と僕。
そうね。今度こそ辿り着ける。
僕は、また頭の中に虫が湧き始めているのに気付いた。早速コビに貰ったスプレーを頭に吹き付ける。足下にポロポロと虫が落ち、僕はそれを一匹ずつ踏み潰す。