オモシロイことに、いや、オモシロイというかフシギなことに、退院して帰宅するとアパートの俺の部屋にはちゃんと電動ノコギリがあった。
右手が切り落とされて出血多量で瀕死の状態だった俺を病院に担ぎ込んだ謎のアイパッチの男が、口からデマカセで云っただけだと思われていた電動ノコギリの話は、一から十まで作り話というワケではなかったのかもしれない。
電動ノコギリと云っても、ホッケーマスクの殺人鬼が振り回すようなチェーンソーではない。テーブルの天板から回転する円形の歯が飛び出している据え置き型の木工作業用だ。ノコギリを移動させるのではなく、木材を移動させて切る。それが六畳のアパートの窓際に、まるで足踏みミシンでも置いてあるかのように置かれていた。
俺が置いたわけじゃない。俺は電動ノコギリを買ってない。貰ってもないし盗んでもない。俺の仕事に電動ノコギリはまったく必要ないし、俺にはそういう趣味もない。つまり、俺にとって電動ノコギリなど無用の長物。しかも、この電動ノコギリは外国製で電源プラグが部屋のコンセントの形状と合ってない。だから、そもそもが使えない。
要するに、これはただの家具だ。
そう結論したところで、部屋の押し入れの襖がすっと開いて、中から白い腕がぬっと出た。押し入れから出てきた白い腕の掌には電源プラグの変換器が乗っていた。これを使えば形状の合わないコンセントからも電源を取れる、というワケらしい。
俺はプラグの先に変換器を取り付け、電動ノコギリの下の奥まった場所にあるコンセントに差し込んだ。途端に電動ノコギリがスゴイ音で作動し、アパート全体が揺れた。俺はあわててプラグを抜いた。電力を絶たれた電動ノコギリは、それでもしばらくは歯を回転させてウーウー凄んでいた。
スイッチが入ったままだ。前回の使用時にナニカがあって(ナニカって?)、プラグを抜いて強制的に止めたのだ。ヤレヤレ驚いたね、と思ったその時、目の前の畳にベチャリと何かが落ちた。
どうやらそれは俺の右手らしい。
でも、だからどうしろと?
その瞬間、例の白い腕が伸びて畳の上の俺の右手を掴み、一瞬で押し入れの奥に持ち去った。襖がぴしゃりと閉まって、そのあとは音もない。
いろいろあり過ぎてアッケにとられる。
ともかく。一息ついて押し入れを開けると、中には、数年前に通販で買ってそれっきりの手回し発電機がひとつあるだけだった。白い腕も俺の右手も、影も形もない。