2019年6月12日水曜日

アナトー・シキソの「狙われた街」


これは遠い未来の話ではない。ほんの数日前の出来事だ。
黄昏れた狭い和室でちゃぶ台を挟んで俺と差し向かいに胡座を組んで座った異星人には首も肩もない。そのシルエットは触覚を切り落とされて坊主になったバッタそのもの。異星人はその異形に似合わない紳士的な口調で、協力して欲しいと云った。

「消極的な協力で構わない。つまり見て見ぬフリでいい。異星人同士でやりあうつもりはないのさ。君だって苦々しく思っているはずだよ。この惑星の連中が貴重な宇宙資源を台無しにしようしているのは明白だし、居住可能な惑星の希少性を君が知らないわけもないのだから」

「確かに」と俺。「俺が見るところ、ここの連中は貧しい知識とおぼつかない手つきで、粗末で危険な装置を作り上げ、繁殖本能に支配された社会システムによってそれらを運営している。そのせいで、この惑星始まって以来の生物種自身による大量絶滅を引き起こしかねない状況だ。つまり自殺的大量絶滅だな。しかしどうだろう。一般に大局を見ないのが生物だ。例えばウニは昆布を食い尽くして海を砂漠化する。そしてその砂漠化のせいで自らも滅びる。つまり、ただ彼らのみが問題なんじゃない。あらゆる生物種は自殺的大量絶滅を引き起こす歪みを本来的に持っている。どんな生物種も一定以上の勢力を得れば、大量絶滅のひとつの素因になる」

異星人は茶筅のような手を挙げて頷く。

「そのとおり。しかし希少性の高い居住可能な惑星環境を保全するために、勢力を持ち過ぎた未熟な生物種を排除することは、宇宙全体の公益性の観点から頗る妥当な措置ではないかな」
反論しようとする俺を制して異星人が続ける。

「何も連中を絶滅させようと云うんじゃないんだ。居住区を割り当て一定数を保護してもいい。そこで何世代もかけてゆっくりと真の宇宙市民にフサワシイ生物種になればいい。それまでの間は僕らがこの惑星の資源を有効活用させてもらうのさ」

俺は先住権を持ち出そうとしてやめた。ここの連中が先住権をとやかく云える立場ではないのは明白だからだ。

「少しの間、目をつぶっていてくれないかな?」

異星人は最後まで紳士的だったが、次に気が付くと俺の目の前には体を半分に裂かれたその異星人の死体があった。俺にその記憶はないが、映像が残っていたし目撃者も大勢いた。異星人を殺したのは俺だ。

またやってしまった。

俺は己の所業に恐れ戦く。だが、ここの連中にはそんな俺が英雄なのだ。