田舎に住んでる年老いた両親と急に連絡が取れなくなったので代わりに様子を見て来てくれと依頼され、僕は山陰地方の村に来た。勝手に平屋の百姓家だと思い込んでいたら、ヘーベルハウスの三階建てでいきなり面食らう。
インターホンを押して出て来たのは女の赤ん坊を抱えた若い男だった。訪ねた事情を説明すると居間に通された。ソファに腰を下ろしても、田舎に住んでる年老いた両親らしき人物は現れず、代わりに、僕を案内した足でそのまま僕の向かいに座った若い男が、自分がその〈年老いた父親〉でこの赤ん坊がその〈年老いた母親〉だとデタラメを云った。
「若返りの水というのがあるでしょう」と自称年老いた父親の若い男は僕に云った。「それが理由です」。なるほど、と僕は答えた。事情を聞きましょう。
「まず私がその若返りの水を飲みました。そうしてすぐに八十九の死に損ないから生気あふれる青年に若返ったのです。次は家内の番です。私は男ですし、まあまあ人並みに分別もあったオカゲで、飲む量を加減して、ちょうどよい年に若返ったのですが、家内は女ということもあって、とにかく若ければ若いほどいいと水を飲み過ぎたのです。普段はそこまで分別のない女でもなかったのですが、こと若さに関しては、女の際限のない執着心というのが出てしまったのですなあ。その結果がこれですよ」
若い男はそう云って、ソファの上で仰向けに眠る赤ん坊を見た。ぎゅっと握った手は全くの乳飲み児。
「電話が通じないのは何日か前の台風でこの家の引込線が切れて、それをいまだに直してもらえてないからです。情けないことに線が切れてることを電話局に気付いてもらえてないのですよ」
なるほど、と僕。ところでその若返りの水は今どこに?
「それは、もうありません。家内が全部飲んでしまいましたからね。しかしアナタには必要ないでしょう。見たところアナタはまだ充分に若い」
いや。そういう意味で訊いたのではないのですが……
居間の奥のふすまの隙間から、布団に寝かされた二つの白髪頭が見えた。
「気がつきましたね。アレは若返る前の私と家内です。と云っても、使い古しの抜け殻ですがね。若さを取り戻した私たちにはもう必要ありませんが、やっぱりね、なかなか、そう簡単には捨てられないものです。何と云ってもアレもまた私たちですから。だから、ああして未練がましく置いてあるのですよ」
布団に寝かされた二つの頭は妙な音を出して少し動いた。