1966年。真夜中。ソイツの腹の怪我はひどかった。火星にはあって地球にはないナントカという元素から発せられる光線で焼かれたのだ。よく見れば左手もなくしてる。ソイツは、近所の住人が勝手に粗大ゴミ置き場にしている露地奥で、冷蔵庫とブラウン管テレビの間に両脚の伸ばして座り込み、呻いていた。
そう。その時、ソイツはまだ生きていた。
ソイツは自分の命より仲間のことを心配をしていた。どうなったと訊かれたので、俺は正直に、船ごと爆破されて全員が死んだと答えた。俺の答えにソイツはガクゼンとした。そりゃあそうだ。せっかく故郷の消滅(なんとイカレタ科学者が住んでいた星を核で吹っ飛ばしたらしい)から偶然生き残った20億人からの同胞を一度に殺されたのだ。これでガクゼンとしないでいつガクゼンとするんだというハナシ。
しかしそんなことが許されるのか、とソイツは云った。20億人を、まるで害虫でも駆除するように問答無用で一度に殺してしまう、そんな暴虐非道が許されると云うのなら、ここの住人たちもまた同じ仕打ちを受け入れるべきだろう。ソイツは血の涙を流しながら俺に云ったが、俺にはどうとも答えようがないので黙っていた。思いついて、アンタの仲間に手を下したのはここの住人たちじゃなくてヨソモノだよ、と教えてやった。アンタの仲間を皆殺しにしたのは、アンタにその傷を負わせた、あのヨソモノだ。
ソイツは、そうかと頷いた。なら、ここの住人を恨むのはやめよう。
俺はたばこに火をつけた。吸うかと訊いたら、我々にそんな奇妙な習慣はないと断られた。
たばこを断ったあとで、ソイツは、共存が出来たはずなんだと云った。ここなら百億の人口を養える計算だった。先住民と我々、双方あわせてもその半分にもならないのに、なぜ彼らは我々を拒んだのだ?
当時の人口はソイツのいう通りだった。今はその3倍以上になっていて、それでもなんとかやっていけてる。だから、当時のソイツの「計算」とやらは正しかったわけだ。「先住民」たちが共存を拒んだ本当の理由を俺は知らない。当時も今も知らない。多分、ただイヤだったんだろう。ここの連中はその程度だ。長い間見てきたからよく知っている。と、俺は教えてやった。ソイツは頷き、不思議な声で笑ったあと、瞼のない蝉のような瞳で俺が吐き出すたばこの煙をしばらくじっと眺めていた。もういつ死んでもおかしくない。実際もうすぐ死ぬだろうと俺は思った。