2019年6月5日水曜日

「敢えて言うヤツ」


虐殺や粛正や親殺しを否定する政治など茶番だよ。総帥は鋭い目つきで俺にそう云った。機会が与えられれば粛正も虐殺も親殺しもやる。それが真の政治家というものだ。また、そう思えなければ政治家になどなるべきではないな。

俺は、総帥の執務室の窓から、密閉型コロニーの中心で輝く人工太陽の妙に白っぽい光を眺め、ここに来てから手に入れた公国産の煙草に火をつけた。

この部屋は禁煙なのだがな。そう呟いたあと、総帥は、まあいい、と口を歪めて笑った。そんな悪癖に捉われているところをみると君は地球育ちか。総帥が巨大な執務机の上で組んだ両手の親指を動かしながら訊く。俺はそうだと答える。地球生まれの地球育ち。宇宙は好きじゃない。

総帥はフンと笑うと、私とは正反対というわけだ、と云った。私は宇宙生まれの宇宙育ちだ。だから自然の環境は好まない。人間がいちから作った環境がいい。全てをコントロールできるからだ。意図も計画もなく成り行きで出来上がった地球上の環境には未知の要素が多すぎる。結果、管理が行き届かず、あらゆるものに不純物が紛れ込み、あらゆるものが汚染される。大気、水、土壌、食品、そして人間。地球上ではその全てに望まない「毒」が紛れ込む。それが自然というものの本質だ。そんなものに捉われていては人類は先に進めん。地球生まれで地球育ちの君に分かるとも思えんがな……

執務机の上の内線電話が鳴って、外部スピーカーから女秘書の声が聴こえた。次の予定が迫っていると云う。総帥は、わかった、と答え電話を切った。

この戦争は、地球の毒に汚染された彼らと、宇宙にいてその毒の汚染を免れた我々との、人類の未来を掛けた戦いなのだよ。かつてのような単なる領土や資源の奪い合いではなく、もちろん宗教戦争でもない。人類全体の変革のための理性ある戦いなのだ。だからだ。私がやろうとし、君がそう呼ぶ、虐殺も粛正も親殺しも、かつてのそれとは全く別の意味を持つ行為であり、恐れることも忌み嫌うこともないのだ。それらは、より大きな善の中に含まれている。もし君が私のいる同じ場所から世界を見ることができれば、そのことが分かるはずだ。

俺は吸い殻を携帯灰皿に入れる。

その手の話をするヤツは大昔からゴマンといる。人間の「つもり」や「哲学」そして「未来」は俺にはどうでもいい。人間を一度に大量に殺されると俺の仕事がアホほど増えてスゴく迷惑する。俺はそれを云いに来ただけだ。