2019年6月25日火曜日

「祟られたヤツ」

猫に祟られた。

隣の席に座って酒を飲んでいたこの辺りでは有名なアル中が、突然俺に云った。昨日ついカッとなって飼っていた黒猫を殺したら、そのタタリで家が火事になって、全財産を焼いてしまった、と。

アル中嫌いの俺は、アル中の癇癪で殺された猫を気の毒に思った。そして、全財産を失ったアル中には何の同情も覚えなかった。自業自得。どうせ酔っぱらって寝たばこでもしたに決まっている。だいたい猫はただのケモノ。祟るものか。

しばらくしてまたそのアル中に会った。アル中は、カミさんを連れて二人で安いボロ家に移り住み、そしてまた猫を、しかも前のとそっくりの黒猫をどこかで拾ってきて飼い始めた。アル中は上機嫌で、今度はかわいがるよ、言った。俺は、どうだか、と思った。アタマのブレーキは何年も前から壊れている。酒の毒が回りきって行動に歯止めが利かない。どうだか。

アル中は詩人で、昔はいい詩を書いていた。だが、脳がアルコール漬けになってからは、奴の詩よりもこの酒場のメニューの方が人を魅了する。しかし当人は今でもいい詩人のつもりだ。

数日後、予想通りアル中は猫を相手に癇癪を起こし、反射的に手斧を掴むと、猫めがけて振り下ろした。だが、手斧は、猫ではなく、カミさんの頭を叩き割っていた。カミさんが反射的に猫をかばったためだ。カミさんは自分が死んだことにも気づいていないだろう。

一瞬呆然となったアル中だが、しばらくすると、地下室の壁に穴に開け、そこに自分が殺したカミさんの死骸を埋めて隠す作業を始めた。作業の間、俺もその場に居た。俺はアル中に云った。カミさんと一緒にオマエの黒猫が穴に入ってるぞ。するとアル中は、いいのさ、と答えた。

こうやって妻の死体と一緒に生きた猫を入れておけば、警察が僕を怪しんでここに踏み込んできた時、きっと中で猫が鳴いて警察に死体の隠し場所を知らせるだろうから。

そう云ったときのアル中の謎の微笑み。

噂を聞きつけて警察が踏み込んできた。だが、殺人の痕跡はアル中の手でにきれいに消し去られている。警察は地下室も調べた。何も見つけられない。あと少しでうまく隠しおおせるという時、アル中の予言通り、壁の中の猫が鳴いた。警察は地下室の壁を壊し、その穴の中に、鳴き叫ぶ猫とカミさんの腐乱死体を見つけた。

捕ったアル中は、黒猫の祟りだと震えながら死刑の日を待っている。自分がわざと猫を穴に入れた事など、もう、少しも覚えていない。