「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年6月10日月曜日
「改造されたヤツ」
「X線でもCTでもMRIでも普通の人間にあるモノ以外は何も映らないさ。どこの病院で診てもらっても同じ」と云ったあと、ソイツは、両目と鼻と口が出た変な覆面を被ったままでエスプレッソを一口啜り、ウマイね、と云った。それから、白衣のポケットからハイライトを取り出すと、一本くわえて火をつけた。覆面の額には翼を広げた鳥のマーク。
「そもそも人間をそんなふうに改造するなんて、いくらボクらの組織でも無理さ。銀河の彼方から超科学と共にやって来たわけじゃないしね。ボクらの組織の科学は、そりゃあ最先端さ。けど、あくまでも地球レベルでの最先端。人間を改造して、急激に姿が変わるようにするとか、何十メートルも跳べるようにするとか、火を吹くとか、毒の泡を吐くとか、皮膚が弾丸を弾くとか、そういうふうには出来ないよ。そんなのをやりたければ、人間を改造するより、イチからそういう生き物なり機械なりを作った方がいい」
俺がアイツから聞いた話だと、首から下は全て改造され、あとは脳の改造を残すのみとなったときに運良く目覚めて、それで逃げて来たってことらしいけど。
「アイツそんなこと云ってんの?」
云ってるよ。改造された体には超人的なパワーと耐久力があって、そのオカゲであの恐ろしい手術室から脱出できたし、追ってきた蜘蛛のバケモノを撃退することも出来たんだって。
「蜘蛛のバケモノって、多分、タヤマさんのこと云ってんだろうなあ……」
覆面の男はそう呟くと、吸いかけのハイライトを灰皿で押し消し、両手の指を組み合わせ、すぐに離して云った。
「逆なんだ。アイツが云ってることとまるで逆。つまりね、僕らはアイツの脳以外は一切触ってない。脳だけを手術した。もちろん改造なんて大げさなもんじゃないよ。ただの手術。いや、まあ、組織が独自に開発した未承認の脳外科手術なんだけどね」
なぜ脳だけを手術したと断言出来る?
「居たからだよ。その場に僕はいた。手術助手としてね」
覆面の男は覆面の穴から出た鼻の頭を掻く。
「だいたい、アンタ、アイツに直に会ってないでしょ?」
メールのやりとりだけだね。
「イマドキだなあ。会うといいよ。僕の云ってることが本当だって分かるから」
そうかい?
「うん。アイツは20年前のバイク事故のせいでずっと植物状態だった。それがこの前の僕らの手術で奇跡的に目覚めたんだよ。超人的なパワーどころか、筋肉が萎縮して未だに満足に歩くことも出来ないから」