2019年6月26日水曜日

「真っ赤なニセモノなヤツ」


「連邦政府からの独立を目指した父は、志し半ばで暗殺された。その後、暗殺者たちは、父の名を冠した国を独裁し、全人類を巨大な戦渦に巻き込んだ。それが先の大戦、人類初の宇宙戦争だ。しかし、暗殺者たちは最初から破れ去る運命にあった。所詮、旧世紀の軍人や政治家たちが様々な形で目論んだ世界征服を宇宙規模に拡大したに過ぎないからだ。世界を征服しようとする者は、最後には世界によって征服される。世界は人よりも大きいのさ。人は世界の部分に過ぎない」

総帥はそう云って、大きな椅子に腰を下ろし、赤いド派手な総帥服の詰め襟のカラーを緩めた。俺が煙草に火をつけると、片方の眉を怪訝そうに歪めてなにか云いかけ、だが、何も云わず目を閉じた。

「私は彼らとは違う。私は世界を征服するつもりはない。ただ、世界の部分としての人類を正しく導きたいだけだ。これからますます増えていく新たな人類のために、世界ではなく、人類を、それにふさわしいものに作りなおしたいのだ。この戦いは、そのための、私が人類に与える試練であり、この試練を乗り越え、この試練から学ぶことでのみ、人類は宇宙人類としての自覚と新たな世界観を持つことが出来る」

俺は煙を吐いて、アンタのアイディアか、と訊いた。総帥はイヤと首を振り、「理念は父が残したものだ。だが、具体的な方法は私が考えた。父の理念は、息子である私によって実現への道筋を付けられ、そして、それは間もなく現実になる。人類はようやく地球の引力から自由になるのだ」

総帥はそう云うと、椅子に身を沈めて眠り込んでしまった。

人間は不思議なものだ。この男は一体、どの時点で、自分をクダンの革命家の忘れ形見だと思うようになったのか。本物の忘れ形見である兄妹うち、この男が自分がそうだと思い込んでいる兄の方はとっくの昔に裏切り者の一族の手によって暗殺されている。そして、正体を隠して生き延びた妹とこの男とは、遺伝的に何の繋がりもないことが証明されている。つまり、この男の正体は、別人になりすましていた本物などではなく、本物だと思い込んでいるタダの別人、つまりは真っ赤なニセモノなのだ。にもかかわらず、周囲の人間も、そして本人も、その事実を受け入れようとはしない。そして今、この真っ赤なニセモノは、父の理念を受け継いだ息子として、巨大な小惑星を地球に落とそうとしている。

「正統なる者」という人間の虚妄に、俺は含み笑いが止まらない。