2019年6月21日金曜日

アナトー・シキソの「三億円事件」


有名な話。白バイ警官に偽装し、現金輸送車を呼び止め、車に爆弾が仕掛けられていると嘘をついて銀行員たちを追い払い、悠々と現金輸送車を奪い去った事件。その時、その現金輸送車で運ばれていた現金がざっと三億円で、だから「三億円事件」。

と、世間は云うんだけど、実は違う。あれはただの現金輸送車乗り逃げ事件。肝心な所が違うから。もっとも肝心な所。その事件の名前にもなってる三億円。

そんなものなかった。

オレは、世間で知られている通りにまんまと現金輸送車を奪い取り、隠してあった逃走用の車に金の入ったジュラルミンケースを移そうとしてギョッとなった。

ケースが思っていた以上に軽かったからだ。

でもまあその時点で中を確かめてる手段も余裕もなかったので、札束ってのは意外に軽いんだな、いや、オレが興奮してるから重さを感じないだけなのかも、と自分を納得させて積み替え作業を済ませ、逃走用の車でアジトに戻ると、ジュラルミンケースを三個ともアジトに運び入れ、そこに用意してあった工具を使ってケースをこじ開け、中に〈三億円は確かにいただいた。ルパ〜ン三世〉という紙切れ(ルパンの似顔絵付き)が一枚だけ入っているのを見つけて驚いてひっくり返った。

ケースは三個ともカラだった。

つまり、のちに世間がそう呼ぶところの「三億円事件」を俺が実行した時には既に、三億円はルパンによって盗まれていたわけだ。

で、問題はその時のオレが「ルパン三世」なる野郎を全く知らなかったことだ。オレだけじゃない、今でこそこの国で知らぬ者などいない「ルパン三世」だが、当時は無名もいいところ。アニメの全国放送が始まるのはその何年もあとのことだ。

本家のアルセーヌ・ルパンのことならうっすら知っていたが、あれはフランス人で、フィクションで、もう死んでる世代だからオレの獲物をかすめ取ることは不可能だ。当時のオレは世間とは違う意味で「三億円事件」が大きな謎だった。つまり、ルパン三世ってのは何者なんだ、と。その後ルパンが有名になって納得し諦めたわけだが。

ただ、こうも思う。

ルパンにとってあの「三億円事件」は、世間に対して「ルパン三世ここにあり」を宣言する打ち上げ花火的な仕事だったはず。けど、ルパンが残したメッセージの紙切れはオレが丸めてゴミ箱に捨てた。だから世間は誰もそのことを知らない。つまりオレは意図せずに、あのルパンに一杯食わせてやったことになるんじゃないか、と。