毎晩毎晩、家の中で猫と鼠が追っかけっこをして部屋中散らかして困るのよ。散らかすなんて云い方じゃナマヌルイわね。もう破壊行為に近い。いつも同じ、青い猫と茶色の鼠。ワタシ、猫なんて飼ってないのに。だってここ、ペット禁止だから。猫は嫌いじゃないのよ。実家には三匹もいる。いえ、一匹は去年死んだから今は二匹。鼠は、あれは野鼠ね。物騒なのはソイツらが大きな斧を振り回したりダイナマイトを爆発させたり変な煙の出る毒薬をまき散らしたりして、お互いにお互いの命を奪おうと躍起になってることなの。そう、ただの猫と鼠じゃない。悪魔の使いか、猫と鼠の姿をした恒星間戦争中の異星人同士か、とにかくなにかベツモノ。普通の猫や普通の鼠はだいたい素手でやりあうもので、武器は使わないものでしょ。
俺はアパートの上がり口で靴を履いたまま煙草を吹かす。下着姿の女はゴミ袋に囲まれた万年床にペタンと座ってブツブツ続ける。
でね、斧とかダイナマイトで殺しあうから、ワタシ、トバッチリで自分が怪我したりするのはイヤだから寝ないでずっと見てるわけ。だから(だからってこともないけど)ワタシは大丈夫なの。けど、直にやりあってる猫と鼠は、やっぱり時々お互いの攻撃を食らっちゃう。で、猫の方がね、いつも致命傷を受ける。ダイナマイトで体が吹き飛んだり、サーベルで細切れにされたり、毒液食らって顔が緑色になってぶっ倒れたりする。死んだと思うでしょ。いえ、普通の猫ならそれで死ぬわよ。っていうか、実際その猫も死んでるのよ。体が木っ端みじんに吹き飛んだり、でっかいトンカチでぺちゃんこになってるんだから。でも死なないの。厳密に云うと死ぬんだけど生き返る。確かに死ぬけど、そのあとナニゴトもなかったかのように生き返って、また追っかけっこを始める。朝が来るまで。ワタシ、アイツらはナニモノって思う。ねえ、鼠はマダシモ、あの不死身の猫ってナニ。
ナニって、わりと有名な猫だよ。鼠はその仲間。な、か、よ、く、けんかしなってやつさ。アンタも知ってたんだろうけど、死んで忘れてしまったのさ。記憶の映像だけが残って、インデックスの方は欠落してしまった。だからそれが何を意味するのかアンタにはもう分からない。それだけのことだ。
女はポカンとしている。俺は土足で万年床の上まで歩いて、脂でぺったり潰れた女の髪に「成仏湯」を振りかけた。すぐに頭の上に光の輪が現れ、女は消えて成仏した。