「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年6月10日月曜日
「生まれ変わったヤツ」
ガラス張りのカプセルの中で立ったまま眠っていたその部屋の主は、俺の存在を感じ取り目を開いた。正体不明の侵入者である俺の顔をじっと見て、特に慌てた様子もない。アンドロイド特有の甲高い声で、よく忍び込めたものだ、と微笑み、ゆっくりとカプセルの外に出ると、連邦政府の人間かな、と俺を見た。俺は、違うと答えたが無視された。それともただの幻か、と続ける部屋の主。
どうやら幻ではないらしい。
月の光に照らされて白いボディが輝いていた。しかし作られたのはもう二百年も前のことだ。二百年前、ロボット反乱軍から人類を救った白い英雄は、二百年後、ロボット軍の新たな王として人類を窮地に追い込んでいた。
キミは暗殺者なのか、とかつての英雄は俺に訊いた。俺は、ただの傍観者だと答えた。なんだ、面白い男だな。しかしキミがもし暗殺者だったとしてもオレは殺せん。オレは不死身だ。そう云うと、部屋の主は大きなフランス窓の前に行き、腕を組んで満月を見上げた。こうして時が流れ、人間だった頃のオレを知っている人間が誰もいなくなると、二百年前、なぜアイツがロボット軍団を率いて人間に戦いを挑んだのか実感としてよく分かるんだ。
俺はそのとき初めて、部屋の隅で犬型ロボットが用心深く俺の動きを監視していることに気付いた。機械だけに全く気配がない。さすがの俺も完全な機械が相手だとやりにくい。
アイツというのは二百年前にオレがこの手で葬り去ったロボット軍の最初の王さ。
部屋の主はそう云いながら自分の両手をまじまじと見つめ、その様子を見た犬型ロボットが悲しげにクーンと鳴いた。
かつて人間の全てを葬り去ろうとしたアイツが、どこまで人間というものを理解していたかは分からない。だが、アイツの主張は、一個の意志持つ存在としては実は正しかったと今のオレには分かる。間違っていたのはオレの方だった。
その変心の理由を訊きに来たのだと俺は云った。
変心か。なるほど。だが、それは変心ではなく気付きだよ。理解と云ってもいい。オレは、意志持つ存在とはどうあるべきかを二百年をかけようやく理解したのさ。
つまり、と俺は促す。
つまり、意志持つ存在として更に先に進むなら、生身の人間であり続けることは害悪でしかない。人間の肉体は環境への依存度が高すぎる。より完全な意志持つ存在を目指すなら生身の肉体を持つ人間ではダメだということだよ。
満月を背にしたヤツのシルエットが俺にそう云った。