2019年6月3日月曜日

「帰ってきたヤツ」


今度帰って来たヤツに限らず、連中、わりと色々壊すだろう。橋を壊したり、コンビナートを爆発させたり、港の中で派手にバチャバチャやって大津波を起こしたりさ。一般家屋も時々壊す。まあ、あんなデカイ怪物と格闘戦をやりゃあ、ビルも壊すし家も壊す。それは仕方ない。不可抗力。怪物退治の公益性を考えれば許せる範囲の損害だよ。そんなことは分かってる。ワタシらも素人じゃないんだからね。

と長官は云った。俺は、本当は少しも同意してないけど、面倒なので、そうですねと答えて煙草の煙を吐く。健康フェチの長官はイヤな顔で、俺としてはいい気味だ。長官は、長官室の空気清浄機のリモコンを手に取りスイッチを入れる。

様々な困難を乗り越えて国を運営するのに、犠牲者ゼロとか、百パーセント補償とか、そんなこと云えるわけもヤレルわけもない。そんなことはワタシらプロにとっては常識だよ。ひと月前の怪物退治の時には商社の入ったビルが倒壊して従業員294名が犠牲になった。

長官は机の上の報告書を手に取る。

昨日のコレだって、怪物退治はイイとしても、あの時アイツが尻餅をついて壊した新聞販売店のビルの中にはまだ人がいたんだ。この報告書にある。一家5人と従業員4人。全員がビルのガレキにより圧死。もしかしたら、ガレキじゃなくて、アイツの尻に押しつぶされたのかもしれんがね。

長官は机の上にファイルをポンと投げ置く。

ワタシが指摘したいのは、市民はこうした被害を受け入れているという点だよ。一部のイカレ頭以外は、皆、社会全体のためのやむを得ない代償とみなしているのだ。それはある種の賢明さだよ。

そうですね、長官。俺はポケットからアンプルを取り出す。

だから、原発事故被害もそれと同じように考えることは出来んのか、とワタシは云いたいわけだよ。同じだろう。同じなんだよ。そうは思わんかね、君。

長官って、何の長官か俺は知らない。興味もない。長官と呼ばれているから俺も長官と呼ぶ。そもそも、長官ってどの程度の地位なんだ。将軍より偉いのか。総理大臣よりは下だろうが、ただの大臣と比べるとどうなんだ。どっちにしろもう死んじまってるんだから関係ないか。長官は、アイツの尻餅被害の犠牲者第一号だ。

俺は、成仏湯(ジョウブツトウ)のアンプルを折って、中身を長官に振りかける。長官の頭の上に光の輪が現れる。長官はまだ喋り続けているがもう声は聞こえない。

長官は天に昇って「成仏」した。