「我々はどこから来て、どこへ行くのか」という問いに対する答えは既に出ている。我々は、生命現象に依存しない知性現象を作り上げたのち、我々の「遺産」の全てを、その「真の知性現象」に譲渡し、我々自身は穏やかな「自発的絶滅」を遂げる。これが、我々人類の「役割」であり、我々人類の物語の最も理想的な結末である。今以上の科学力だけがこの理想的結末を実現できる。故に、科学のみが「我々人類が取り組むに値する活動」即ち「生業」であり、それ以外の人間の活動は全て、単なる「家事」に過ぎない。
2019年6月10日月曜日
「画家で成功しなかったヤツ」
「云ってしまうが、世界を征服するのに必要なのは個人の才能ではない。時機、つまり巡り合わせだ。世界征服の手段が、軍事だろうと政治だろうと絵画だろうとそれは同じ。これまでにも何千何万何億という人間が、ナニを成すということもなく、ただ死んでいった。彼らには時機が与えられなかった。必要とされる能力はあったが、ソノトキ・ソノバショにいなかったのだ。実際のところ、人間の個人的才能など、サホドのことはない。木の実を得るには機能する目と機能する手が要る。そして、その程度のものはだいたい皆持っている。才能は確かに必要だが、それだけでは充分ではないのだ。機能する目や手があっても、その場にない木の実は決して得られない。逆に、鼻先にある木の実なら、目も手もなくても食べられる。それが現実だ。つまり、時機さえ得られれば、十人並みの才能で世界は征服できる。十人並みの画力でも世界が取れるように。実際、政治も軍事もシロウトのこのワタシがいいところまで行ったのがその証拠だ。……いや、とんでもない。有頂天どころか愕然としたよ。カンタンスギル、ナンダコンナモノカ、と恐ろしくなった。だが、結局ワタシも失敗に終わった。今はその理由が分かる。それは、人間が、最初に征服を目論んだ世界を既に征服したことに気付けないまま、世界の外へと更に踏み出してしまうからだ。一人の人間が征服を目論むような世界は、最初から全世界のわずかな一部分でしかない。だから征服出来るし、だから征服に失敗する。現実の世界は人間が征服を目論む世界より、常に圧倒的に広く大きいのだ。それをワタシは今回思い知らされたよ」
ちょび髭は、後ろ手に背を屈め、狭い地下壕の部屋の中をぶつぶつ云いながら彷徨う。俺が煙草に火をつけると、一瞬カッとなり、しかしすぐに怒りを沈め、プルプル震える手で、かまわんやってくれ、と云った。
そう云えば、ここは禁煙だった。
アンタは手筈どおりに毒入りアンプルを噛み折り、拳銃で頭を撃ち抜いた。銃声はドアの外にまで響いたから、すぐにあの忠犬みたいな親衛隊長がやって来て、云い付けどおりにアンタの死体をガソリンで焼くだろう。画家の道を諦めて以来ずっと抱え込んでいた歪んだ願望を、アンタは遂に実行したのさ。こんなゼータクな自殺は見たことがない。古代のファラオや皇帝も、ここまでの道連れは求めなかった。
それでもすんなり成仏しないって、アンタ、ソウトウだな。