2019年6月5日水曜日

「溺れ死んだヤツ」


現場の海域にはまだ結構な数の水兵が浮かんでいた。死体と死体ではない者の両方。さっき帰った救助船はまたすぐ来ると云ったがきっともう来ない。燃料も船も、あの国にはもうそんな余裕はなかったからだ。

辺りが暗くなりはじめると、浮かんでいた水兵が、死んでいる者も生きている者も、みんな海に沈みはじめた。昇天とは逆向きに、だが、まるで昇天するように、ゆっくりと深い海の底に降りていく。

そのうちの一人が、俺の深海艇(ひとり乗り)のアクリルガラス製の天蓋(キャノピー)の上に覆いかぶさった。おそらくまだ十代の若い日本兵。ソイツは、瞬きしない目で深海艇の操縦席に座る俺をじっと見つめ、こんな死に方はイヤだ、と云った。

戦って死ぬのは覚悟していた。戦いのさなか、敵の攻撃で木っ端微塵に潔く死ぬものとばかり思っていた。少なくとも大和が沈めばその瞬間に自分もまた死ぬのだと。だが、大和が沈んだとき、自分は死ななかった。いや、死にかけてはいた。沈む巨体もろとも深い海の底に引きずり込まれ、いくらもがいても浮き上がれず、意識が遠くなっていった。だがその時、大和に積まれていた大量の弾薬が大爆発を起こした。自分は爆発した大和の破片と共に、海の底から一気に空中高くに舞い上がった。大量の破片が、海に漂っていた仲間の上に降り注ぎ、せっかく生き延びた多くを更に殺した。自分は破片と一緒に空から落ちてきたから、それに当たって死ぬことはなかった。無事だった。海に静けさが戻った時、自分は、怪我もなく、健康そのものでぴんぴんしていた。

つまり、オレはこの艦隊特攻を生き延びたんだ!

深海艇の天蓋の上に覆い被さったソイツの口から泡がボコボコと勢いよく出た。泡はキラキラ光りながら海中を昇っていく。

にもかかわらず、と、ソイツは続けた。救助の味方はオレを見つけられず、オレは海を漂い続けた。そして、とうとう、つまりは、ただの空腹と疲労のせいで死んでしまう。あの地獄絵図のような中を生き延びたオレが、ただ、疲れて腹が減ったせいで死ぬ。大和の乗組員に選ばれたときには、こんな無意味な死に方は想像もしなかったよ……なあ、こんなことがあっていいのか?

俺は深海艇の空気清浄機のスイッチを入れた。煙草に火をつけ、煙をゆっくり吐くと、兵隊になって戦争で死ぬってのは概ねそういうことだ、と答えた。若い日本兵の土左衛門は深海艇の天蓋からずり落ちて、深い海の底に沈んで行った。