2019年6月12日水曜日

アナトー・シキソの「桃太郎」


オヤジが66でオフクロが47の時オレが生まれた。ノコリカスみたいな原料でウッカリ出来たシロモノだから、生まれつき右手は萎えてるし、耳はほとんど聞こえないし、心臓に穴が開いてるし(手術で塞いだ)でサンザンだ。おまけに色覚異常で、オレの世界は生まれてからずっとモノクロ。

名前は桃太郎。オヤジとオフクロが、ナントカいう多国籍企業の食品メーカーが売り出した桃の風味の酒(調べたら本当の桃の果汁はひと雫も入ってない)をがぶ飲みし酔っぱらった結果デキたのがオレだからだ。と、オヤジとオフクロは云った。

オヤジは元気に歩き回ってるが、オフクロは高齢出産が祟って、死にはしなかったがすっかり弱って、以来寝たきりだ。

16になった時、オレはオヤジの手配で町の印刷所で働くことになった。働くと云っても手伝いみたいなものだ。オレの目玉は白黒しか見えないからカラーものは手に負えないと思われがちだが、白黒しか見えないから見極められる違いもある、そこを買うよ、とアカオヒトシはオレに云った。オレが働く赤尾仁印刷工房の社長だ。

そこで半年働いた。

半年と三日目の朝、印刷所に行くと新聞チラシの仕事だった。スーパーのチラシで、米だの珈琲だのラーメンだのを安く売ると騒いでる内容だ。そういう安売り品の中に、あの、多国籍企業の食品メーカーが作る桃の風味の酒があった。355ミリ缶が120円。

これはダメだ。

オレはそう思った。だから、チラシの版のデータが入ったディスクを取り出してすぐに壊した。それを社長のアカオヒトシに見られた。社長は、ナニシテンダコノバカヤロー、とオレと突き飛ばした。オレは、桃の風味の酒のことを云って、アレはダメだと説明した。社長は赤い顔でダマレキチガイと云った。社長はオレの家に電話し、オレをクビにし、オレにオヤジとオフクロの悪口を云ったあと、オレを仕事場から叩き出した。社長の奥さんが3歳の息子と一緒に奥から見ていた。

その日の夜、オレは夜中の12時まで待ってから、犬のベスを連れて散歩に出かけた。目的地は決まってるから本当は散歩ではない。目的地に着くと、一人で起きて家の中をウロウロしてた社長の息子がオレを見つけて裏口のドアを開けてくれた。中に入るとまずこの子供を黙らせた。それから寝室に入った。

結局大きなゴミ袋で5つになった。ゴミ置き場にはネットがなかったので朝方カラスたちに荒らされるかもしれない。

オレは家に帰った。