2021年2月28日日曜日

現の虚 2014-8-9 顔面が包帯でグルグルの男

近所に誰も住んでいない広い屋敷がある。建物自体はそれほどでもない。庭が広い。低い塀で囲まれた庭はちょっとした林になっていて、その林の奥に静まりかえった古い建物が見える。無人なので林のような庭は全く手入れされていない。薄暗く、近くを通ると山奥のような湿った土の匂いがする。

その誰も住んでいない屋敷の、林のような庭に人影が二つ見えた。1人は8歳くらいの男の子で、もう1人は長身にロングコートを着た、顔面が包帯でグルグル巻きの男だ。

ギラギラの真っ昼間だったが、独特の佇まいから、子供の方は生きた人間ではないのがすぐに分かった。いわゆるユウレイだ。ちなみに幽霊が夜とか暗闇に出るというのは、あれは物語上の演出に過ぎない。生きている人間が四六時中出没するように、幽霊だって一日のいつでも現れる。だから、真っ昼間の幽霊は珍しくもなんともない。俺にとって事件だったのは、顔面が包帯でグルグル巻きの男の方だった。グルグル男は明らかに子供の幽霊が見えていた。そして、フツウに話をしていた。つまり、いわゆる霊能者と呼ばれる連中がやるような、理解者ぶったり、上から目線だったり、逆に猫なで声だったりではない、コンビニのバイト同士が客がいないときにかわす無駄口のような感じのフツウ。

ナニモノダ?

俺は、慌てる必要などないのだが慌てた。つまり意味なく動揺した。

包帯巻きの男は子供の幽霊との会話を終えると、コートのポケットから何か取り出しその場にしゃがんだ。何をしているのかは分からない。

子供の幽霊の体が宙に浮いた。

世間のイメージと違ってふつう幽霊は宙に浮かない。生きてる人間と同じように地面に二本足で立っている。地面がなければ落ちる。飛び降り自殺を繰り返す幽霊も珍しくない。少なくとも俺は、それまでタダの一度も宙に浮いた幽霊を目にしたことはなかった。更に、宙に浮いた子供の幽霊の頭の上には、うっすらと光の輪が見えた。そんなシロモノはマンガのトムとジェリー以外では見たことがない。

頭に光る輪を載せた子供の幽霊は静かに天に昇っていく。俺はそれをバカみたいに見送った。子供の幽霊はやがて青空と同じ色なって見えなくなった。

やあ、久しぶり。と云っても覚えてないか。

顔面包帯巻きの男が林の奥から俺に云った。男は、包帯の隙間に煙草を差し込んで口に咥え、火をつけた。盛大に煙を吐き出す。

お、右手がないね

男が包帯の下でニヤリと笑ったのが分かった。

現の虚 2014-8-8 ピンクの着ぐるみ「バニーマン」

飛び降り自殺をするのに低過ぎはあっても高過ぎないと思っていたが、どうやら違った。どうせ死ぬつもりでも、多くの人間は高過ぎる場所からは飛び降りたくないようだ。街を歩き回って気付いた。飛び降りが見られるのは、15階くらいまでが一番多い。それ以上の高さになると急に数が減る。全然いないとは云わないが、俺は見たことがない。

たとえば、ある雑貨の安売大手が入っている古いビルは9階建てだ。夜中から明け方にかけて、このビルの裏露地に立って見物していると、屋上から次々と人が落ちて来る。正確には人ではなく、投身自殺をした人間の霊魂とか幽霊とか残留思念とか、そういうものだ。

ともかく、この古い9階建てはちょっとした飛び降りの名所なのだ。

ところが、そのすぐ隣の20階建てのもっと古いオフィスビルの屋上からはいつまで待っても誰も落ちて来ない。隣の9階建てよりも古くから建ってる訳だから、飛び降りも同じくらいいてもよさそうなものだが、実際にはいない。屋上の出入り口の管理がしっかりしているということも考えられるが、俺はビルの高さそれ自体が理由だと思っている。つまり、この20階建てのオフィスビルは飛び降り自殺の高さの「上限」を超えていて、要するに高過ぎるのだ。

証明は出来ない。単なる観察からの推論だ。

さて、名所である9階建ての飛び降り者の内訳は、若い女が5人、若い男が2人、オッサンが4人、老婆が1人、制服の女子高生が2人、学生服に坊主頭の男子中学生が1人、そして、ピンクのウサギの着ぐるみが1人。

いつも最後に落ちて来るピンクのウサギの着ぐるみは、その前に落ちて来る自殺者とは決定的に違う。もちろん格好も決定的に違うが、それ以上に違うのが地面に激突したあとの行動だ。

他の自殺者は、地面に激突すると、頭が砕けたり、脚が潰れたり、背骨が折れたりして、そのまますーっと消えてしまう。だが、ピンクのウサギの着ぐるみは、ドスンと落ちて、地面を血の海にしたあと、ムックリと起き上がり、またビルに入って行く。そして、しばらくすると、また上から落ちて来て、ドスン。血の海を作り、その後、起き上がる。そうやって夜が明けるまでずっと、飛び降り続けているのだ。

俺はそのピンクのウサギの着ぐるみをバニーマンと名付けた。なぜバニーマンだけが一晩に何度も飛び降りるのか、俺には分からない。きっとバニーマン自身にも分からないはずだ。

血まみれのバニーマン。

現の虚 2014-8-7 缶珈琲と煙草が買えないコンビニ客

レジは必ずふたつ以上あるべきだ。もしそうでなかったら、絶対にそうすべきだ。あれは、客も助かるが、レジの人間がもの凄く助かる。レジがひとつしかない情況でレジ打ちをしたことがある人間なら誰でも実感を持ってそう云える。たとえ店員が一人しかいなくてもレジはふたつ以上あった方がいい。細かく説明はしない。やってみれば分かる。レジはふたつ以上あった方がいい。

そんなことを考えながら、俺は、夜明け前のコンビニ(レジはふたつある)で精算中だ。ギョウザとか冷凍ピザとかビールとか菓子パンとか氷とか、早朝からカゴいっぱいの買い物。品物のバーコードを若い男の店員が読み取っている。隣のレジは空だ。店員はもう一人いるが、パンの棚の前で品出しをしている。

隣の空のレジの前には、実はさっきから客が立っている。背の高い、グレーのスーツの若い男で、缶珈琲を一本レジカウンターに置いて、店員がやって来るのを辛抱強く待っている。俺はソイツに気付いているが、夜勤明けの店員ふたりは気付いていない。気付かないで当然だ。そのグレーのスーツの客は生きた人間ではない。

どうなってんの!

突然辛抱の限界が来たのか、グレーのスーツの客が喚く。喚いても、その声は俺以外には聞こえない。店員のひとりは俺が買った品物を袋に入れている。もうひとりは黙々とパンを並べている。

おい、客がいるんだぞ!

確かに客はいる。俺だ。コンビニの店員達にとって、今この店にいる客は俺だけだ。缶珈琲が欲しくて店員のいないレジ前で喚いてる客など、彼らの世界には存在しない。

あと、煙草。煙草くれよ、その、ソレ!

グレーのスーツの男はレジ奥の棚に並んだ煙草を指さす。どれなのかは分からない。その、ソレではなく番号を云わないと。

男は天を仰いで、誰にともなく訴える。

僕はさあ、徹夜明けに一人寂しく缶珈琲と煙草で一息つきたいだけなのよ……なんでこの店には店員が誰もいないのさ……もしかして、これってナンカの陰謀か……?

そうじゃない。オマエが死んでるからだ。けど、俺にはどうすることも出来ないよ。

俺は支払いを済ませ、レジ袋を提げて店を出る。すると、俺が押し開けた扉を通ってグレーのスーツの男も店を出た。手には缶珈琲も煙草も持っていない。諦めたようだ。

だがコイツは、明日もあさってもそのあとも今と同じ時刻、この店に缶珈琲と煙草を買いに現れる。そしてレジ前で虚しく喚き散し、きっとまた手ぶらで帰るのだ。

現の虚 2014-8-6 職安で幽霊がプリントアウトした求職案内を手に入れる

職安に並んだ求人端末機。調整中の貼り紙のある一番奥のだけは使用禁止だ。俺は使用禁止端末のすぐ隣の端末を選んだ。タッチパネルを操作して適当に条件を入れていると(本気じゃないから)、隣の使用禁止端末の前に誰かが立った。最初は修理技師かと思ったが違った。ノライヌみたいなニオイがしたし、小さく奇声を発し続けていたからだ。たぶん、役所の依頼で機械の修理に来た技師はノライヌのようなニオイをさせたり、小声で奇声を発したりはしないはずだ。

ところが、修理技師でもない者が使用禁止の壊れた端末の前にいるのに、職安の人間は誰も何も云って来ない。ほったらかしだ。ということは、つまり、隣のノライヌくさいヤツはいつものアレなのだ。

幽霊とか死者の魂とか呼び方はどうでもいいが、そういう存在は町中にゴロゴロいて、珍しくもなんともない。ゴクタマに見かけるとか、そんなレベルじゃ全然ない。インチキ霊能者はやたらモッタイつけるけどあんなのは全部嘘で、実際はカラスやスズメよりも圧倒的に多く目にする。

俺はそのノライヌくさいヤツのほうに顔を向けた。生きてる人間にそんなことはしない。生きている人間をそんなふうに見たら、不気味がられたり殴られたりする。だが連中は違う。そもそも他人の視線を気にするような心があるのかどうかさえアヤシい。

ノライヌくさいソイツは、髪の毛はベタベタで、元の色が分からないコートを重ね着し、それだけは妙に新しい有名スポーツブランドのナイロン製鞄を背負っていた。熱心にタッチパネルを操作しているけど、ナニカを調べていると云うより、タッチパネルの操作自体を楽しんでいるふうだ。

覗くと、端末の画面は真っ暗なままだ。だが、嬉々として画面に見入るソイツの顔には、端末の画面が発しているらしい青白い光が反射していて、ソイツが小さな奇声を発して画面を押すたびに、その反射光が変化する。

そうこうしているうちに、ソイツが操作する端末の上に乗ったプリンターが動きだした。プリントアウトされる紙は本物に見えた。俺はその紙に手を伸ばした。

誤動作ですから、そのままにしておいて下さい。

職安の人間がカウンターの向うから俺に声を掛ける。いつも困ってましてね、と余計な言い訳も付け足す。

俺は、ああ、ええとか適当な返事をしながら、そのままにしておいてくれという職安の人間の言葉に逆らって、幽霊がプリントアウトした紙をこっそり畳んでポケットに入れた。

現の虚 2014-8-5 ハンチング帽のオッサン

俺が今回示した異常な回復力が生まれつきのものではないことは俺が一番よく知っている。中学の時、自転車の三人乗りで、下りカーブを曲がりきれずにガードレールに左ひざをぶつけたことがある。衝撃で俺の左ひざはばっくり裂けて病院で9針も縫ったわけだが、その傷が治るまでには何ヶ月もかかった。今回の右手首は裂けたどころか、完全に切断されたのに、傷口は一ヶ月足らずで完治している。治療技術の進歩は考慮すべきだろうが、それだけでこの回復の速さは説明できない。もちろん「歳を食って体質が変化した」というようなノンキな理由ではないだろう。何か特別な理由があるはずだ。

だが、今はそんなことはとりえあずどうでもいい。

傷が完治しても、右手が生えたわけじゃない。勤めていた印刷工場は片手では仕事にならない。というわけで、俺は工場を辞めた。で、しばらくは失業保険で食うつもりでいたら、失業保険を受け取るには、嘘でも職安に通わなくてはならない仕組みになっている、と云われた。なんだ、メンドウだな、と思ったが、仕組みは仕組みだ。俺は歩いて15分の職安に通いはじめた。カネをくれると云う連中に「働く意志」を示すためだ。

本当に働く意志があるかどうかは関係ないよ、愛情と同じでね。

と、ハンチング帽を被ってズボンのポケットに両手を突っ込んだ、いかにも無職風のニヤニヤ笑いのオッサンが、俺と並んで横断歩道を渡りながら、浅黒い顔で云う。更に、

つまり、他人が見て分かるのは行動だけだからさ。とは云っても、こうやって職安に通うことが、実質、稼ぎを得るために働いているのと同じだと云えなくもない。そういう意味では我々にも働く意志はある、ということになるのかもしれんがね。

そこまで云ってオッサンが俺の方を向いた瞬間、ドンと音がして、オッサンの体はハンチング帽もろとも(顔はニヤニヤ笑いのまま)宙に舞う。横断歩道で車に撥ねられたオッサンは、交差点の真ん中に落ち、そのままぴくりとも動かない。

毎回だ。職安まであと少しのこの横断歩道を歩く度に、ニヤニヤ笑いのハンチング帽のオッサンが現れては俺に同じことを話しかけ、横断歩道のこの同じ場所で、見えない車に撥ねられる。

俺は横断歩道を渡り切り、振り返って、交差点の真ん中に横たわるオッサンの上を無数の車が走り抜けて行くのを見る。オッサンの姿はもう消えかかっている。横断歩道に落ちたハンチング帽はとっくの昔に消えている。

「岡田斗司夫ゼミ/『スマホ脳』解説」を面白く視聴した。

2021年2月28日 日曜日/晴れ・暖かい


Prime Videoで『さよなら、人類』を半分強まで観た(若い王が、前線で敗北して戻ってくる場面まで)。今度で、たしか、3周目。主人公は、お楽しみグッズセールスマンのヨナタン。



昼間、異常なほど暖かい(+6℃)。道路べちゃべちゃ。家賃振り込み。灯油購入。猫散歩。



「岡田斗司夫ゼミ/『スマホ脳』解説」を面白く視聴した。


SNS依存は、承認欲求ではなく、生存欲求。すなわち、人間を殺すのは周囲の人間。故に、良好な人間関係を保つこと、少なくとも周囲の人間から目をつけられないようにすることは、生き死にに直結した大問題だった。その名残。SNSによって、たえず周囲の人間の関係性を探り、逆に、自分自身は、無害な人間であること、あるいは生かしておく価値がある人間であること、少なくとも殺されるべき人間ではないことを、発信し続けることこそが「生き延びる」ためにもっとも重要だとする本能。それが、衣食住を差し置いてSNSにのめり込む理由。


もうひとつ。


マルチタスク的であること、言い換えると、一つのことの夢中になったり没頭したりしない方が、自然界での生き残りには適していたので、自然淘汰の申し子である我々人間の脳も、常に「注意散漫」で、あちこちに気を散らして、ビクビクしている状態を「好し」とする。実際に、気を散らした方が、報酬物質が分泌されるらしい。


現の虚 2014-8-4 電動ノコギリと白い腕

オモシロイことに、いや、オモシロイというかフシギなことに、退院して帰宅するとアパートの俺の部屋にはちゃんと電動ノコギリがあった。

右手が切り落とされて出血多量で瀕死の状態だった俺を病院に担ぎ込んだ謎のアイパッチの男が、口からデマカセで云っただけだと思われていた電動ノコギリの話は、一から十まで作り話というワケではなかったのかもしれない。

電動ノコギリと云っても、ホッケーマスクの殺人鬼が振り回すようなチェーンソーではない。テーブルの天板から回転する円形の歯が飛び出している据え置き型の木工作業用だ。ノコギリを移動させるのではなく、木材を移動させて切る。それが六畳のアパートの窓際に、まるで足踏みミシンでも置いてあるかのように置かれていた。

俺が置いたわけじゃない。俺は電動ノコギリを買ってない。貰ってもないし盗んでもない。俺の仕事に電動ノコギリはまったく必要ないし、俺にはそういう趣味もない。つまり、俺にとって電動ノコギリなど無用の長物。しかも、この電動ノコギリは外国製で電源プラグが部屋のコンセントの形状と合ってない。だから、そもそもが使えない。

要するに、これはただの家具だ。

そう結論したところで、部屋の押し入れの襖がすっと開いて、中から白い腕がぬっと出た。押し入れから出てきた白い腕の掌には電源プラグの変換器が乗っていた。これを使えば形状の合わないコンセントからも電源を取れる、というワケらしい。

俺はプラグの先に変換器を取り付け、電動ノコギリの下の奥まった場所にあるコンセントに差し込んだ。途端に電動ノコギリがスゴイ音で作動し、アパート全体が揺れた。俺はあわててプラグを抜いた。電力を絶たれた電動ノコギリは、それでもしばらくは歯を回転させてウーウー凄んでいた。

スイッチが入ったままだ。前回の使用時にナニカがあって(ナニカって?)、プラグを抜いて強制的に止めたのだ。ヤレヤレ驚いたね、と思ったその時、目の前の畳にベチャリと何かが落ちた。

どうやらそれは俺の右手らしい。
でも、だからどうしろと?

その瞬間、例の白い腕が伸びて畳の上の俺の右手を掴み、一瞬で押し入れの奥に持ち去った。襖がぴしゃりと閉まって、そのあとは音もない。

いろいろあり過ぎてアッケにとられる。

ともかく。一息ついて押し入れを開けると、中には、数年前に通販で買ってそれっきりの手回し発電機がひとつあるだけだった。白い腕も俺の右手も、影も形もない。

2021年2月27日土曜日

養老孟司の『猫と暮らす』

2021年2月27日 土曜日/雪のち晴れ


養老孟司がどこかの集まりで講演しているYouTube動画をたまたま見つけた。講演の題名は『猫と暮らす』のような感じだった。その中で、人間と猫の違いを話していた。


たとえば、人間が猫に向かって、猫の名前(たとえば「たま」)と呼びかけた時、人間は、[大人の男の低い声でも、子供の高い声でも「たま」は「たま」なので、猫も「たま」と呼びかけれたという認識を持っている]と思いがちだが、猫の方は、「たま」という「名前」を認識することはなく、それぞれの人間が発した音声それ自体を聞き取っているので、つまり、大人の男と子供とでは、まったく別の「鳴き声」で呼びかけられていると認識しているはずだ、というような話。


人間以外の動物は、視覚でも聴覚でも、情報を[生の感覚それ自体]で受け取るので、それぞれに「違う」ことがある(厳然たる事実として、大人の男と子供の「たま」は違う音声である)。だが、地球上で人間だけは、感覚が確かに受け取っているそれぞれの違いを無視して、概念として「同じ」情報を受けとる。その最たるものが、人間がその実在を信じて疑わない「自分」という存在だ、という話。


動画は、養老さんが1時間ほど喋って、のこりわずか(らしい)ところ(養老さんがポケットから懐中時計を取り出して自分で時間を確認している)で、ぷつんと終わってしまった。どこかに続きの動画があるふうでもない。おそらく録画していたデジカメ(スマホ?)のバッテリーが切れたんだろう。



【メモ】

山猫スト(山猫ストライキ、山猫争議、ワイルドキャット・ストライキ)

:労働組合を経由せずに組合員が独自に行う就業拒否(ストライキ)のこと。労働者が労働組合を結成し、労働組合として使用者と葬儀することは権利として認められており、違法性は問われない。一方で、山猫ストは違法行為とみなされる。

(weblio)


現の虚 2014-8-3 研究熱心な若い医師

右手に限らず、体の一部を切断されたのはこれが初めてだ。傷はもっと痛むのかと思っていたが意外なほど全然痛まない。クスリが効いて痛まないのかと看護師に訊いたら、そうじゃない、やっぱりアンタはフツウより痛がらない、と云われた。痛みを感じにくいタイプなんじゃないかしら、そういう人は時々いるから、とも云われた。それよりも傷の回復力のほうがフツウじゃないわね。タコ顔負け。さすがに新しい手が生えてくる様子はないけどさ。

ツマリデスネ、と、6年前に服毒自殺したという若い男の医師が俺に云う。痛みというのは結局、実体のないものなのです。解釈ですからね。脳の解釈です。痒いとか熱いとかそういうものと実は同じで、脳のさじ加減でどうにでもなりうる。ゲンリテキニハ、ですよ。しかし、傷の回復というのは、コレ、現実です。事実の積み重ねが実績となって結実するものです。そういう意味で云うと、アナタの右手首の傷の治り方は尋常ではない。異常です。

真夜中。宿直でもない若い男の医師(故人)は、両目から血を流しながら、しかし、冷静に説明してくれる。頬を下って顎から落ちる赤い涙が、俺のベッドのシーツの上にぽたぽた落ち、落ちる片っ端から蒸発するみたいにきれいに消える。

僕はアナタを研究してみたいのですよ。アナタの体質はただごとじゃアない。アナタの体に備わったこの異常な回復力の謎を解くことが出来たら、これは、人類にモノスゴク大きな恩恵をもたらす。遺伝子レベルのことなのか、共生している未知のスーパー微生物でも存在するのか、今のところまったく見当もつかないけれど、理由はあるはずなんです。ゼヒ研究させて下さい。

6年前から死んでいる若い医師は、時々ひどく咳き込みながら、書類を挟んだバインダーを俺に差し出す。研究に協力するという同意書らしい。署名しろと、胸のポケットから万年筆を抜く。

だが、俺にはその万年筆が使えない。いくら掴もうとしても指を素通りしてしまうからだ。俺はそのことを説明するが、若い医師には通じない。いや、決してご迷惑はおかけしませんからゼヒ、と見当違いのところで食い下がる。

もし俺にその万年筆が使えて、この死んだ若い医師に協力する同意書に署名が出来たら一体どういうことが起きるのか、興味がないわけじゃない。だが、協力は無理のようだ。

その時、巡回の看護師が来て、病室を懐中電灯で照らす。
研究熱心な若い医師の姿はもうどこにもない。

現の虚 2014-8-2 アイパッチの男

事故のことは知らない。覚えていない。思い出せない。そういうのを逆行性健忘というらしい。少ししたら思い出すこともあるし、いつまで経っても思い出さないこともある、と、看護師も云ったし、事情聴取に来た警官も云ったし、医者も云った。


右手をなくして意識を失っている俺を病院に運び込んだのは、ゴジラの第一作でゴジラにとどめを刺した芹沢博士のようなアイパッチの男だった、と若い看護師が教えてくれた。


俺はゴジラの第一作を観たことがないので、その喩えは全くアレだけど。


アイパッチというのは眼帯のことよ。海賊とかがやってるアレよ。アタシ初めて見たわ。ガーゼじゃないアイパッチしてる人。


大量出血の俺は、そのアイパッチの男が輸血を申し出てくれたオカゲで助かったようなものだというハナシも聞いた。その時、アイパッチの男は、俺の一番上の兄だと名乗ったらしい。だが俺には一番上だろうと一番下だろうと兄などいない。にもかかわらず、兄弟だから血液型は合うはずだと云って、実際調べてみると合っていたので、病院は喜んで輸血した。それも相当量。血を抜かれた方にも点滴が必要なくらいの大量だ。


アイパッチの男は、俺が日曜大工で使っていた電動のこぎりで誤って右手を切り落としてしまったと説明し、看護師が、切り落とされた右手はどこだと訊くと、慌てていて持って来るのを忘れたと答えたという。どちらにしろ、右手はもう間に合わないと判断され、縫合手術が行われた。


ちなみに、あとで警察がアイパッチの男から聞いた住所に俺の右手を回収に行くと、そこは郵便受けが一つ括り付けられた電信柱が一本立っているだけの狭い空き地だったらしい。


ちなみに、その空地の住所に俺は何の心当たりもない。


いろいろと一段落して、アイパッチの男が云ったことがほぼ全部デタラメだと判明した時、アイパッチの男は既にキャスター付きの点滴スタンドと共に姿を消していた。いるはずの待合室のソファは空で、床には珈琲牛乳の空き瓶が8本も置いてあったらしい。


つまり、なぜ俺の右手が切断されたのか、そして俺の右手はどうなったのか、俺も、誰も知らない。ただ一人、俺を病院に担ぎ込んだ謎のアイパッチの男を除いて。いや、実はそのアイパッチの男すら知らないのかもしれない。


それはないわね。本当に知らないなら余計な嘘をつく必要はないもの。知ってるからこそ嘘をついたのよ。


看護師はそう云って、苦い薬を二個、俺に渡した。

2021年2月26日金曜日

ふと思ったが、「シンデレラ」で整形手術をした吉良吉影の顔(と右手の指紋)は、本体である辻彩が死んでしまうと、「元に」戻ってしまうんじゃないか?

2021年2月26日 金曜日/晴れのち吹雪


『クロノス』をPrime Videoで観た。ギレルモ・デル・トロの劇場長編初監督作品。「クロノス」と呼ばれるデバイス(掌大の装置)によって、吸血ゾンビになってしまった男の話。頭の悪い「悪役」で、『ロスト・チルドレン』のラジエータの大男(あるいは『ヘルボーイ』の主人公)の俳優が出る。若い。1992年の作品。デル・トロの少女趣味がすでに炸裂している。


あと、謎の装置「クロノス」は、『JOJO1-2』の「石仮面」にそっくり。仕掛けと効能が。



1000円以上の買い物で500円値引きしてくれるクーポンと、YahooPremium会員は、金曜日にPayPayで35パーセント戻ってくるのを利用して、『岸辺露伴は動かない』の第1巻と、『JOJO4』(モノクロ版)の第11巻(チープトリック=おんぶお化けと、バイツァダストの話が収録されている)を買った。実質380円。



§ºふと思ったが、「シンデレラ」で整形手術をした吉良吉影の顔(と右手の指紋)は、シンデレラの本体である辻彩が死んでしまうと、「元に」(整形前に)戻ってしまうんじゃないか?



§ºある動画で、荒木飛呂彦が「重ちー」のことを、「霧隠才蔵」の「才蔵」のイントネーションで発音しているのを聞いて驚いた。コチトラ、ずっと、映画の「ハスラー」と同じイントネーションで「重ちー」と言っていたから。



§ºそういえば、『北斗の拳』の「ラオウ」のことも、アニメが始まるまでずっと、「麻生太郎」の「麻生」と同じイントネーションで「ラオウ」と言っていたのに、アニメで声優たちが「魔王」と同じイントネーションで「ラオウ」を発音しているのを聞いて驚いた記憶がある。



【メモ】


“最も初期の時計は時間を表示できなかったが、ベルを鳴らす独創的な自動装置だった(それどころか、英語で時計を表わすクロックという名称はベルを意味するケルト語に由来する)。”


(『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』)


現の虚 2014-8-1 ニセ看護師がファントム・リムについて説明してくれる

幻肢。ファントム・リムとも云います。右手を失っても、脳内の身体マップ上には右手の番地がまだ残っています。このとき、脳内の身体マップ上で右手の番地と隣接する番地にある別の身体部位が刺激を受けると、右手の番地の神経にもその興奮が伝わります。脳内の身体マップ上で右手の番地に隣接するのは右頬や右上腕部です。だから、右頬のある部分を触られると、もはや存在しない右手の指を触られている感覚が確かにある、ということが実際に起きるのです。これが幻肢、すなわちファントム・リムの基本です。そうそう、ヒトの脳内の身体マップの番地の配置はだいたいの共通性を持っています。つまり、人間が自分の右手の幽霊に会いたい時は、右頬を摩ればいいということです。

と、云った後、偽の看護師は横を向いて口紅を塗りなおした。俺は包帯を巻かれた右手首を見ていた。どう自分をごまかしても、俺の右手首の、その続きである右手はもはや存在してなさそうだ。長さが足りない。

あるインド系アメリカ人医師が自分で発見したのか、ただ他の誰かの発見を彼の本に書いただけなのかは忘れましたが、ファントム・リムはそういう仕組みです。損傷部というよりは脳の問題なんです。脳に構築されたマップの問題。だから、極端な話、例えば医療技術が異常に発達して、首から下が全てなくなったとしても生きていられることになると、本当はない首から下の体のファントムが出現する可能性もあります。それって面白いですよね? 

なぜ?

なぜって、だって自分の体で実際に存在しているのは首から上だけということは、全体の体積比率で云ったら、その人がそうだと感じている自分は大方ただの思い込み、ファントム、つまり、幽霊ってことになるからですよ。

面白くないよ。

いいえ、面白いんです。今の話をドンドン極端にしていって、脳だけでも生きられるとか、いや、記憶や感覚だけを機械に移し替えても生きられるというふうにしていくと、ほら、もう現実に生きてる人間はどこにもいないのに、その人自身は生きてる人間そのものとして人生を生きることになる。他の人からは全然見えないし感じない。ほぼ一切の物理的干渉を受けることも与えることもないのに、その人自身は自分が一人の生きた人間だという確かな実感を持って存在し続けるワケだから…

おはようございます。朝食ですよ。

本物の看護師が入って来たと同時に偽の看護師はすっと消えて、見えなくなった。

2021年2月25日木曜日

TGAL

2021年2月25日 木曜日/晴れ


今日観た『剣客商売』「逃げる人」のゲスト俳優は、古谷一行と山田吾一だった。山田吾一といえば、『仕置人』の「九里よりうまい十三里」の怪演。その印象があるので、最初「蕎麦屋の親父」をやってるのを見た時、顔は知ってるのに、誰だかわからなかった。


今回のエピソードも「良かれと思ってやったことが返って不幸や苦悩を招く」という人の世の常を描いていて好かった。あと、大治郎が出した手紙は、宛先の男が急死したせいで、開封されずに戻ってきたのだから、大治郎がチクった「仇の居場所」は、仇討ちをする側には伝わっていないことになる。大治郎が散々悩んで出した結論(旧友に、仇の居場所を知らせる)は、なかったことになった、ということ。



取り上げている内容自体には全然関心がないのに、定期的に小池栄子を観て面白がりたいという動機で『カンブリア宮殿』を観た。すかいらーくの創業者(84歳)とワタミの創業者(61歳)と、あと、TGALの創業者が出て話をした。TGALというのは、オンライン上に仮想のデリバリー専門店を作り、そこで販売する料理を、すでにある実店舗の飲食店に作ってもらう、という仕組みの会社。Uber Eatsなどの手続きの煩雑さを嫌がる実店舗の、オンラインデリバリー業に「引き上げる」ある種の仲介業者。あるいは、毛色の違うフランチャイズ店方式か。コロナのご時世で、所謂win-winな関係。面白いと思った。


が、うっかりすると、このあと、実店舗に対する「搾取」、あるいは実店舗との「利害の衝突」が起きるかもしれない、とも思った。たとえば、今はコロナで「暇」な店も、コロナがひと段落して「店に客が戻ってきたとき」に、TGALの「チャムチャムチキン」ではなく、目の前の客たちの「俺ラーメン」を作ろうとするだろう。待たされた客は文句を言うだろう。TGALは不満に思うだろう。実店舗側も面白くないだろう、的な。


もうひとつ。Uber Eatsなどのおかげで、すでに飲食店をやっている人間は、自分の店のメニューの一つだけを専門に売るデリバリー専門店をオンライン上に展開できるということに気付かされた。例えば、手作りスコーンを出しているコーヒー専門店があるとすると、オンライン上にデリバリー専門のスコーン店を出すことができる。もちろん、その場合、実店舗のコーヒー専門店とは違う店名でも全然カマワナイ。ポイントは、スコーンを食べたいと思った人間は、ネット上でまずは、スコーン店を検索するのであって、コーヒー専門店を検索するのではない、ということ。




2021年2月24日水曜日

養老孟司の公式YouTubeをたまたま見つけた

2021年2月24日 水曜日/晴れ


養老孟司の公式YouTubeをたまたま見つけた。少し前に始めたらしい。環境音のあるところ(自宅?)で、老人がボソボソと喋っているので、ただでも聞き取りにくいのに、動画にバカみたいなBGMがずっとついていて、さらに聞き取りにくい。つまり、だれかと話している時に「あ、ちょっとテレビ消してくれ」とか「ラジオ消してくれ」とか言いたくなる、あの不快さがある。無論、養老さんの話している内容は面白い。編集の問題。


で、ムカムカしながら聞いていた(見ていた)のだが、途中で、あっと思った。動画は、養老さんの言い澱みや言い間違いを細かくカットして、養老さんが「滑らかに」「滞りなく」話をしているように編集しているので、もしかしたら、ずーっと流れている鬱陶しいBGMは、その「ぶつ切り感」を解消するためのものなのか、と。


あと、養老さんの愛猫「まる」が少し前に死んだことを、動画のコメント欄で知った。ヤマザキマリが出た『ネコメンタリー』の時には、まだ生きている映像が写っていたので、あれからすぐか。南無〜。



『前田日明チャンネル』。前田日明ダイエットを始める。RINGSでレフリーをやっていた和田さんのジムで。ものすごく高価な「InBody」という計測器で、色々調べる。体重145キロ。しかし筋肉量が92キロ。カレリン戦以来、一切トレーニングしていないのにこの筋肉量は異常、と、和田さん。四股を踏む「和田式」トレーニングをする。



2021年2月23日火曜日

チョコレートの三つの波

2021年2月23日 火曜日/晴れ・吹雪・晴れ



今日は天皇誕生日。ちなみに、昨日(2/22)はKale(Kyle Maclachlan)の誕生日だったらしい。LynchのWeather Reportを観て知った。



『The Taste of Nature 世界一美味しいチョコレートのつくり方』というドキュメンタリー映画をPrime Videoで観た。東京でgreen bean to bar CHOCOLATEという店をやっている安達という人を取材したもの。若干の山師感あり。


チョコレートの三つの波


【第一の波】コンビニやスーパーのチョコレート。味の均一化のために、添加物を入れて調整する。品質も産地もバラバラのカカオ豆をブレンドして使う。


【第二の波】ブランドチョコレート。ショコラティエたちが、風味や「芸術的」な造形にこだわって作った「高級」チョコレート。しかし、直にカカオ豆は使わず「クーベルチュール」というチョコロレートブロックを溶かして作る。


【第三の波】Bean to Bar。カカオ豆段階からチョコレートを作りあげる。ちょうど、コーヒー専門店が、コーヒー豆の焙煎から始めるようなもの。


カカオの果実は、カカオ種の周りにまとわりついている白いゲル状のもの。アケビに似ている。ライチのような甘酸っぱい味。



【メモ】

乳児酒:産業革命時代のイギリスで、夫婦共働きの工場労働者が、幼い子供を(むりやり)寝かしつけるために飲ませた。そのせいで、子供死亡率が高かった。

(NHK R2『会計と経営を巡る500年の歴史』)


現の虚 2014-7-9 ニャアと一声。これでおしまい

壁か床か何かに背中が貼り付いていて少しも動かない。腕も脚も同じように貼り付いて動かない。目を開こうとすると、なぜか胸の裏の背骨が痛む。瞼の下で目玉を動かすだけで頭の芯が疼く。イメージの中で思い切り叫ぶと、弾みで両目が開いた。

青空。旅客機が腹を見せて通り過ぎる。
いい天気だ。

俺を挟んで向かい合ってしゃがむ二人の顔を、俺は真下から見ている。一人は女で、一人は男。閉じかかる瞼をなんとか持ち上げ、目を開け続ける俺。瞼がピクピクして、これじゃあまるで死にかけてるみたいだ。

男と女の会話。

飛んだか?
知らないわ。
それとも落ちた?
さあ?
ほら、右手がない。
途中でどこかにぶつかけてちぎれたんでしょ。

女は携帯端末を取り出し俺にレンズを向けた。

撮るの?
写真売れるかもしれないから。

突然の強い光に目がくらむ。瞳孔の一瞬の収縮とゆるやかな開放。俺の目を覗き込む男。目が合う。だが、男は俺を無視して女に訊く。

脳波に変化はあるかね?
いえ。ベジタブルです。

俺の鼻の穴のチューブの具合を確かめる女。目の裏に激痛。だが、俺は身動きできない。体を固定しましたからね。でも、すぐ病院ですよ。と赤い横線の白いヘルメット。

病院なんか今更。

そうじゃない。病院に運ぶのは単なる職務上の形式。人間を動かすのは意味じゃなく形式さ。

俺はきっと頭をやられてる。自分では見えないから何とも云えないけれど、頭から脳味噌の一部が飛び出していて、目玉を動かす度にその、はみ出た一部が動いて何かに擦れるから、それで脳に更なる損傷を受けるのだ。

まあ、いいから飲めよ。

ビールを注ぐ知らない顔の同僚。虫の話を始める。あの小さい虫はすぐに脳に群がる。真っ黒のあの虫。人間の脳だけを食って生きてるあの虫さ。古い墓を掘り返した時に出てた頭蓋骨の中に何万といるのを見たことがある。オマエの脳がそんなむき出し状態なら、あの虫がすぐに集まってくるはずだろう?

その話を顔が口だけの医者が笑う。なるほど。でも、とりあえず息はしなきゃ。でないと死ぬよ。

ところが俺は息の仕方を思い出せない。そもそも…
そもそも?
そもそも一度も習ってない!

猫は高層マンションのはめ殺しの窓から、下界の駐車場に横たわる俺(もうすぐ死ぬ?)を見ていた。猫は魔女とも死神とも通じている。猫の好奇心は、死に引き寄せられ、死を引き寄せる。全てを見届けたら、猫は窓辺を離れ、いつもの場所でのんびりと毛繕いを始めるのだろう。

現の虚 2014-7-8 手の石が作動し全ては吹き飛ぶ

円形の暗い部屋をぐるりと取り巻いた青い照明の巨大水槽。その中を深海鮫ラブカがゆるりゆるりと泳いでいる。こんな水槽で深海生物が飼えるとは意外だ。

そうではない。我らが深い水の底にいるのだ。(嗄れ声が云った)

ラブカが泳ぐ青い水槽の前。車椅子に座った老人のシルエット。嗄れ声の主だ。

モーターの作動音がして、車椅子がゆっくりキリキリとこちらに向かって移動してくる。近づいてくる車椅子の上で、老人がぼうっと光る目で僕を見ている。僕の指先にある煙草の灰が、すでに伸ばせるギリギリまで長いのが気に入らないのかもしれない。

車椅子は僕の目の前まで来て止まった。人間の干物のような老人。ホウイホウイと聞こえるのは、その干物老人の呼吸音だ。歯のない口を開け、人生最期の空気を執念深く吸い込み続けている。僕の煙草の灰はまだ落ちない。そしてラブカは、相変わらず、僕らを取り囲む水槽の中をゆるりゆるりと泳いでいる。

瀕死の老人は、真空を進むようにすうっと腕を伸ばして、僕の指から長い長い灰の伸びた煙草をそっと摘み取った。そしてその長い長い灰を落とさないまま上手にくわえ、深く一服すると、竜のような長い長い煙をふすーっと吹き出した。

煙はゆらゆら伸びて空中で次々に文字に変わっていく。

生まれ〜飲み〜食べ〜排泄し〜成長し〜生殖し〜愛し〜愛され〜憎み〜憎まれ〜敬い〜敬われ〜疎み〜疎まれ〜尊び〜尊ばれ〜蔑み〜蔑まれ〜学び〜教え〜働き〜怠け〜育てられ〜育て〜決断し〜留保し〜誤らず〜誤り〜勝ち得て〜取り逃がし〜主張し〜譲歩し〜発見し〜見落とし〜負傷し〜治癒し〜倒れ〜立ち上がり〜喜び〜怒り〜哀しみ〜楽しみ〜何より〜慈しまれ〜慈しみ〜そして〜生き延び〜生き続け〜今日まで生き〜

煙はそこでふっと消え、瀕死の老人の摘んだ煙草の先から、さっきより更に長くなった灰がぽとりと落ちた。老人は僕に煙草を返すと、僕の耳元に口を近づけ、例の嗄れ声で云った。

ダカラナニ?

それを合図に、老人の車椅子の下に異臭を放つ液体が勢いよくジョボジョボと溜まり始めた。更に老人は、自分の尻の下から取り出したクサいモノを歯のない口に押し込んで、クチャクチャと音を立てる。

僕はその音とニオイに圧倒され身動きできない。

だがその時、僕の猫が僕の足に頭をこすりつけた。僕の猫は僕の靴で、僕は靴ひもを締め直すと、足元にあった石ころを右手で掴んだ。

そして右手の石が作動し、全てを吹き飛ばす。

2021年2月22日月曜日

アニメ版の『ゴルゴ13』の「残光」を観て、結末に「?」が出た。

2021年2月22日 月曜日/晴れ



アニメ版の『ゴルゴ13』の「残光」を観て、結末に「?」が出た。おそらく、大抵の人がそうなるだろう。で、原作(第15巻)に当たってみた(わざわざ eBooksで買って)。


原作とアニメ版との違い。


1)原作では、老FBI捜査官が体育館にゴルゴを「訪ねて」来るまで、ゴルゴは、そのFBI捜査官がそこ(ハワイ)にいたことに気づいていない。一方、アニメ版では、ゴルゴがマフィアのボスを狙撃直後に、車で現場に移動する老FBI捜査官の姿を見つけて、「あの男、6年前の…」という場面が入る。


2)原作では、老FBI捜査官が狙撃された後で、「意味深な会話」をする無関係の二人の男が登場するが、アニメ版では全カット。


で、結論。『ゴルゴ13』の「残光」で、ゴルゴが最後に、老FBI捜査官を狙撃するのは、「仕置き人」でいうところの「仕置きを見られたら目撃者を消す」という「掟」に従っただけ。他は何もない。


一瞬、ゴルゴを「追い回す」この老FBI捜査官を、国家の上層部が邪魔に感じて(なぜなら彼らはゴルゴを便利に使い続けたいから)、ゴルゴに老FBI捜査官の始末を依頼したのかと思ったが(つまり、ゴルゴはマフィアのボスの狙撃と、この老FBI捜査官の狙撃の二つの仕事のためにハワイに乗り込んできたのかと思ったが)、アニメ版では、ゴルゴはたまたまこの捜査官の姿を見つけたという演出になっているので、それは違う。


では原作の方はどうかというと、こっちはもっとシンプルで、老FBI捜査官は、本当にいきなり体育館に現れて、ゴルゴに警戒感を抱かせるだけ。原作では名前すらない。作品も短く、どこをどう読んでも、「実は、ゴルゴはこの老捜査官の暗殺も当初の計画にあった」ような匂いはまるでない。代わりに描かれるのは、この老FBI捜査官が醸し出す「お前(ゴルゴ)のことは全てお見通しだ」感を、ゴルゴがびんびん感じているところ。ゴルゴ側から見た場合、行動が読まれるということは、どこかで待ち伏せされて自分が「暗殺(逮捕は意味がないので)」される危険があるということ。ゴルゴにとって、この老FBI捜査官は、そういう「危険」な存在。今は殊勝なことを言っているが、いつまた牙をむいて襲って来るとも限らない。だから、今、始末する。これがあの結末になる。で、原作では、最後の無関係な男達の会話で、その「理由」を説明している。


捜査官がゴルゴに対して、くどくどと、「もうやる気がない」「見逃すから出ていってくれ」「私は君の知っている昔の私ではない」と言い続けるのは、実は、「だから、私を見逃してくれ」ということ。しかし、捜査官は、ゴルゴの行動パターンを読めるくらいに、ゴルゴのことを詳しく調べ尽くしているのも事実で、ゴルゴはそこに「脅威」を感じて、プロとして生かしてはおけないと判断したのだ。


「残光」というタイトルは、つまり、ゴルゴを電気椅子送りにしようとした嘗ての情熱の炎が捜査官の心のなかにまだ燃えくすぶっている、その炎の光。その「残光」がゴルゴには見て取れた。だから、始末した。


こうも言える。老FBI捜査官は老いて、さらに若い妻も持ち、もはや嘗てのプロフェッショナルとして魂を失ったので、ゴルゴが犯人だとわかっているにも関わらずゴルゴを電気椅子送りにすることに全力を傾けようとはしない。一方でゴルゴは依然としてプロフェッショナルのままなので、自分の正体を知り、かつ、自分の行動パターンまで読んでしまうような捜査官を「見逃す」ことはない。二人のプロフェッショナルの、その対比の描写。


2021年2月21日日曜日

DAICON FILM用の『帰ってきたウルトラマン』をYouTubeで見た

2021年2月21日 日曜日/晴れ


岡田斗司夫が脚本を書き、庵野秀明が総監督をしたDAICON FILM用の『帰ってきたウルトラマン』をYouTubeで見た(岡田斗司夫の昔の対談とかでちょいちょい名前が出てきて存在自体は知っていた)。MAT隊員を演じた「俳優陣」の演技/芝居は、ともかく、作品全体の「完成度」は、オタク魂炸裂という好印象。庵野が素顔で演じるウルトラマンがまたよろしい。考えてみれば、ウルトラマンがもし地球人なら、当然ああなわけだし。それにしても、結局、のちの『エヴァンゲリオン』も『シン・ゴジラ』も、そしておそらく今度の『シン・ウルトラマン』も、このDAUCON FILM『帰ってきたウルトラマン』の「リメイク」「リテイク」「再構成」「再挑戦」なのだとわかる。



年末のNHKの『岸辺露伴は動かない』が好評だったせいだろうけど、GYAO!で、アニメ版の『JOJO』の第4部をまた配信している。あの有名な[露伴の「だが断る!」]がある『ハイウェイスター』のエピソードはこれから配信。今、吉良吉影の親父(写真の親父)とかじゃんけん小僧のあたり。『JOJO』は観なきゃ観ないで平気だけど(だって、アニメも見たし、原作に至っては何周もしてるし)、まあ、観るとやっぱり面白いよね。



使用済みの蛍光灯をスーパーの回収ボックスに入れ、断線したヘッドホンやバカになった[プレステ3のコントローラ]などを「循環コンビニ」に持って行き、帰りにツルハでビールなどを買って帰るという大遠征をした。1時間かかった。こんなに外を歩いたのは一年ぶりか。




今日の岡田斗司夫ゼミは急遽予定変更された内容だった。よゐこの有野とTKOの木本をゲストに迎えての「オンラインサロン」談義。



近所のジンギスカン屋で買ってきたマトンのジンギスカンを晩飯に食べた。2度目。やっぱり旨い。



寝てる間に奥歯で舌を噛むという「事故」をよく起こす。おそらく、歯ぎしりとかその辺が原因なのだろう(ネットにもそう書いてあった)。マウスピースを手に入れるべきだと考え、昼間ドラグストアで尋ねたら、ないという。アマゾンで探してみたら、出てくるのは出てくるが、手頃な商品はどれも芳しくない評判。で、高いのは良さげだが、これなら行きつけの歯医者で自分専用の物を作ってもらったってそんなに金額的には変わらない感じ。あと、ほとんどの商品が中国製だというのも、なにか「時代だね」と思った。調べた限りでは日本製は一つ。アメリカ製が二つ。この二つのアメリカ製がやたらと高い。しかも、このアメリカ製の商品の宣伝文句に、仮にも口に入れるものを中国人に云々という意味の一文があって、笑った。一定数存在する[日本人の或るタイプの方々]の「メンタル」をよく分かってらっしゃる。


2021年2月20日土曜日

途中に「全裸」という単語さえ入れれば、適当な固有名詞を並べただけでも何かやばい犯罪風になる

2021年2月20日 土曜日/晴れ・暖かい


『ちきゅうラジオ』でジブチのポピュラー音楽を3曲聴いた。レゲエ+中東+インドみたいな音楽。バンドの名前はグループRTD。国営ラジオ放送局 Radiodiffusion-Télévision Djibouti 専属だから、RTDらしい。



『地球ドラマチック』で、猫のドキュメンタリーを観た。特に新しい知見はなかった。



誤嚥性肺炎を取り上げた『チョイス』を観た。人間がものを飲み込む時に、鼻の穴の入り口を塞ぎ、期間の入り口を塞ぎ、舌骨を動かす、という三つのことを「自動的」にやっていることを知った。



ナインティナインが司会をしているENGEIなんとかいうネタ番組で空気階段のネタを見た。途中に「全裸」という単語さえ入れれば、適当な固有名詞を並べただけでも何かやばい犯罪風になることを教えてもらった。



『Switchインタビュー達人達』で、大川興業の大川総裁と、発光ダイオードの数字のカウンターで世界に認められたという現代美術家のオッサンの対談を見た。大川総裁の話は面白かったが、数字の現代美術家のオッサンの言ってることはスカスカだった。芸術をやりたい人ではなく、芸術家と呼ばれたい人の典型。


2021年2月19日金曜日

『カメラを止めるな!』をPrime Videoで観た。

2021年2月19日 金曜日/晴れ


『カメラを止めるな!』をPrime Videoで観た。今頃。冒頭に流れる「37分の長回しゾンビ映画」を撮った連中の奮闘を描いた映画。つまり、映画自体は3重のメタ構造。さらに、最後のエンドロールで、一番「外側」の『カメラを止めるな!』そのものの撮影場面も流れるので(ジャッキー・チェンの映画のエンドロールみたいに)、観客は[4層目も視点]も観られる。


今はなき「テレビの生ドラマ」のドタバタ映画の系譜。だから『青い炎』や『ラヂオの時間』に近い面白さ。ともかく、ポスターや宣伝文句や予告編以外の情報無しで観れば、観る前に想像していた内容とは全く違うことに「驚く(良い意味で)」映画。あの予告編とかを見ると、誰だって『ブレアウィッチプロジェクト』系の映画だと思う。そして、敬遠する。勿体無い。


だから、難しいのは、宣伝の仕方(予告編の作り方)と、「事前の説明」なしで最初の「37分」をどうやって「切り抜けるか」。「切り抜ける」というのは、映画館なら観客に席を立たせないようにすることであり、家庭での鑑賞なら、停止ボタンを押させないようにすること。「37分」が過ぎてからがこの映画の「本番」であり、最初の「37分」はネタフリだからね。だから、この映画の「悩み」は、ナイツの、延々とネタを振り続け、最後に一気に回収していくあの漫才に近い。いやそれはちがうか。



§º 物理現象=正のエントロピー、生命現象=負のエントロピー、知性現象=エントロピーの制御=世界の創造。知性現象とは、世界を作り出す現象。自身を取り巻く世界を「理解」することは、とりもなおさず「世界を作り出す方法」を学ぶこと。知性現象が行なっている全ては、突き詰めると「独自の世界の構築」である。知性現象の本質、気づいてしまえば、単純な話。



【メモ】

アウンサン・スー・チーは全て名前。ミャンマーには苗字というものはない。それぞれの言葉の意味は「アウン=勝利」「サン=珍しい」「スー=輝く」「チー=集まり」。全部まとめると「勝利の珍しい輝く集まり」。


ミャンマーの軍隊は、もともと、日本軍の協力によって作られた、イギリスからの独立戦争を戦うための軍隊。その時の軍のトップが独立運動家アウンサン将軍で、つまりは、アウンサン・スー・チーのお父さん。

(池上彰/NHKラジオ)


@ちなみに、ウィキペディアによると、お父さんのアウンサンには日本名があって「面田紋次」。めんだもんじ? おもだもんじ? 読み方は知らない。


2021年2月18日木曜日

今日観た『剣客商売』「誘拐(かどわかし)」は、これまでの第4シーズンのエピソードと雰囲気が全く違っていた

2021年2月18日 木曜日/吹雪と晴れ


今日観た『剣客商売』「誘拐(かどわかし)」は、これまでの第4シーズンのエピソードと雰囲気が全く違っていた。すなわち第3シーズンまでのピリッとした感じに戻っていた。まず、画の色味がちがっていた(フィルムっぽくなっていた)。アングルも凝っていたし、背景の描写も凝っていた。第3シーズンまでのファン(製作者を含む)から文句が来て「テコ入れ」でもあったのかな、と思った(とは言っても、もちろん、大昔のテレビドラマを再放送しているのだから、テコ入れ云々は「今」の話ではない)。


で、面白く観ていたら、理由がわかった。三冬さんが誘拐(かどわかし)にあって、大治郎が、概ね孤軍奮闘で救出し、結果、田沼の殿様(三冬さんの父親)発信で、二人の結婚が成るというエピソードだったからだ。つまり、「特別」な回だったのでチカラが入っていたのだ。完全に、太秦以外のところにロケに出ていて、普段は目にしない場所がいっぱい映った。あとでエンドロールを観たら「仁和寺」とかでてきたから、ほらね、と。さらに、ネットで調べたら、田沼屋敷は、随心院薬井門と粟生光明寺方丈だった。



【メモ】

“中世ヨーロッパに登場した解決策は、没食子(もっしょくし)インクと呼ばれるものだった。実際、西洋文明の歴史そのものが、没食子インクで書かれて来た。レオナルド・ダ・ヴィンチはこのインクでノートに書いた。バッハはこれでコンチェルトや組曲を書いた。ヴァン・ゴッホもレンブラントもこれでスケッチした。アメリカ合衆国憲法はこのインクで後世に委ねれらた。”


“没食子インクは最初に混ぜた時にはほとんど色がなく、別の植物性染料を添加しなければ、自分がどこに書いているのか見分けるのが難しい。しかし、空気にさらされると鉄成分が酸化するため、乾いたインクは耐久性のある深い黒に変わる。”


(ルイス・ダートネル『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』より)



BBC Sound の「Witness History」で、He-La細胞の「提供者」の話を聞いた。名前は、Henrietta Lacksという黒人女性。子宮頸がんで31歳で死んだ。検査の際に採取された細胞が、果てしなく分裂を繰り返す「不死」の細胞だったので、研究用の細胞として利用されるようになった。しかし、Henrietta当人の承諾は全く受けてなかった。当時はそれが「普通」だったようだ。He-La細胞(ひーらーさいぼう)という呼び名は、だから、Henrietta Lacksの省略。その顛末を書いて2010年にベストセラーになった本が、番組内で紹介されていたので、早速アマゾンでサンプルをダウンロードした。無論、英語の原書。読みやすい英文だった。そのうち買う。


現の虚 2014-7-7 物腰の柔らかい男

やあ、よく来てくれましたね。

ドアを開けると、身なりが良くて物腰の柔らかい男が両腕を広げて僕を迎えた。僕は勧められるままにブカブカするソファに腰を下ろした。部屋の隅には車いすの老人がいて、居眠りでもしているのか、目を閉じてじっとしていた。物腰の柔らかい男が僕の視線に気付いて、大袈裟に、ああ、と頷く。それから、あれは私です、あれこそが私なのです、気にしないで下さい、と云った。

物腰の柔らかい男は僕の前のソファに腰を下ろすと、まず初めにちょっとよろしいですか、と云って僕の右手を要求した。

東洋の占いに手相というのがあるでしょう。私はアレが少し出来ます。

物腰の柔らかい男は、僕の右手をそっと掴んで僕の掌に目を落とすと、人指し指を自分の口に当てて、最近手相が変わりましたね、それでここまでこられたのです、と云った。手相が変わるなんてオカシイとお思いでしょうが、手相は変わるのですよ。少なくとも東洋の手相マイスターたちはそう主張しています。いや、実のところバカな話ですが、しかし彼らは大真面目なのです。それこそが彼らの知恵の証しだと本気で信じているのですからね。実に何とも……

物腰の柔らかい男はそう云ってクスクス笑うと、僕の掌を自分の手でポンと叩いて、はい結構です、と云った。

ところで煙草は足りていますか。物腰の柔らかい男が訊く。僕が首を振ると、ポケットから未開封の煙草とジッポーを取り出してテーブルに置いた。差し上げます。僕は無言で煙草とジッポーを掴みポケットにねじ込んだ。物腰の柔らかい男が完璧な微笑を僕に向け、僕はイライラする。

物腰の柔らかい男はもったいぶった身振りで、さて、うしろをご覧下さい、と云った。僕は振り返った。スポットライトに照らされて、ヒョロ長い一本脚の丸テーブルが立っていた。そこに靴が一足乗っている。僕の靴だ。そのとおりです、と物腰の柔らかい男。僕が正面に向き直ると向かいのソファは空で、しかしもはや、となぜか背後から物腰の柔らかい男の声。僕はまた振り返る。男はいつの間にか丸テーブルの横に後ろ手に立っていた。

この靴は私のものですよ。

その時、丸テーブルの上の僕の靴が一匹の猫になった。物腰の柔らかい男は、ハッとして一瞬身を引いたが間に合わない。猫は物腰の柔らかい男の上等のスーツに爪を立てて取り付くと、その顎に噛みついた。物腰の柔らかい男はヒャッと悲鳴をあげ、ボワンと煙になって消えた。

2021年2月17日水曜日

24時間置きに1話ずつ読めるシステムで今読んでる『マトリズム』という漫画が面白い

2021年2月17日 水曜日/晴れ


eBooksで24時間置きに1話ずつ読めるシステムで今読んでる『マトリズム』という漫画が面白い。麻薬取締捜査官の話。むやみに飛んだり跳ねたりしない、地に足がついた「語り口」が好い。同じシステムで読んでいる『島さん』という漫画も好い。元ヤクザの爺さんが、コンビニでバイトをしている話。さらにもうひとつ『鈴木さんは静かに暮らしたいだけ』(だったと思う)という漫画。若い女の殺し屋(拳銃使い)の話。これは、まだ、ちょっとどうだろう。最初は好いと思ったけど、子供を「引き取って」的な展開になってきたので、もうダメかもしれない。


それはそうと、この「24時間置きに少しずつ読める」というシステム(「タイマー制」だか「タイマー読み」だかそういう名前)ってのは、「コンビニ立ち読み」に代わる新しいスタイルだと思った。考えてみると、漫画を読まなくなったのは、コンビニで立ち読みしなくなった(できなくなった)からだ。「コンビニで毎週「少しずつ」しかし「複数」の作品を並行して立ち読みし、気に入った作品に出会い、その中で特に気に入った作品の単行本を買う」という「仕組み」を、この「タイマー式」は再構築している気がする。現に全然知らなかった『マトリズム』を買おうかなと思ってるもの。



『TRICK』の一番最初のエピソードをPrime Videoで観た。上田次郎(阿部寛)が「霊能者」や「超能力者」のインチキを暴く「副業」(本業は大学教授)を始めたきっかけを知りたかったからだ。


で、わかった。


勤務先の東京科学技術大学の理事長の娘を「母乃泉」という宗教団体から取り戻すために、単独で乗り込んだら、そこの教祖(菅井きん)に逆に「あと10日で死ぬ」という呪いをかけられ、どうにかしなければならなくなって、彼女に対抗できる霊能者を(霊能者のインチキを暴くからかかってこいという記事を雑誌に載せることで)募集したら、マジックショーの舞台を首になった山田奈緒子(仲間由紀恵)がやってきた、という流れ。つまり、上田次郎は、超能力者や霊能者の「インチキ」を暴く「副業」を自発的に始めたのではなく、雇い主(?)である理事長の「頼み」で、いわば「他人発信」で始めたのだ。「本物」の超能力や霊能力を明らかに信じている(恐れている)フシのある上田次郎がどうして、そういう輩の「トリック暴き」なんかやってるのか、今ひとつピンと来なかったのだが、これで分かった。ヒトに頼まれて一度だけやったら、うまく行って、それが評判になって「トリック暴き」プロとして、依頼が来るようになってしまったのだ。なるほど。


にしても、『TRICK』の第一回のエピソードが3話連続モノだったとは知らなかった。もう一つ。生瀬が若い。顔が脂ぎってる。


2021年2月16日火曜日

『VHSテープを巻き戻せ!』原題「REWIND THIS!」を観た。

2021年2月16日 火曜日/風強い


『VHSテープを巻き戻せ!』原題「REWIND THIS!」をPrime Videoで観た。VHSビデオマニアたちが、VHSの形で夜に出回った映画について語るドキュメンタリ。日本の「Vシネマ」や、「攻殻機動隊」の押井守なども出てくる。しかしまあ、全体の印象は、BS放送とかでやる、他愛もないオタク向け番組。ひとつ印象に残ったのは、大手映画会社は、物理的なメディア(VHSやDVDやブルーレイ)の消滅を望んでいるという指摘。というのも、このままネット配信などが主流になれば、映画会社は自分たちが権利を持っているコンテンツの流通を中央集権的にコントロールできるようになるから。具体的に言うと、或る作品の値段を釣り上げようと思ったら、江戸時代の米問屋のように、配信を一時的に休止して、需要の高まりを待てばいいのだ。そのコンテンツを収めた物理的な媒体が人々の手元に残っていないなら、そういう「非民主的な」商売ができる。なるほどね、と思った。



§º消耗品という概念は、偏に、人間という生き物の寿命の長さに拠る。一兆年の寿命を持つ存在にとっては、太陽ですら消耗品である。だから昔、村上龍の『すべての男は消耗品である』の意味がイマイチピンと来なかった。だって、この宇宙に[消耗品でないもの]なんてない、と思っていたから。



§ºいわゆる「トロッコ問題」は、問題ですらない。線路を切り替えないという選択や、太った男を橋から突き落とさないという選択は、結局のところ「傍観者の立場をとる」ということであり、それは、「トロッコ問題」の当事者の立場から身を退くという選択だからだ。これを逆から言えば、「トロッコ問題」の当事者の立場に立つなら、必ず、切り替え機は切りかえるし、太った男は突き落とす。「切り替えない」「突き落とさない」という選択をした時点で、「トロッコ問題」を試される人間は消えて、傍観する人間が現れる。


この世界には、現に、数えきれない数の「トロッコ問題」が存在しており、我々は、そのほとんど全てに「参加」しない。猫嫌いの夫と別れて保護猫の里親にはならないし、仕事を辞めて地球の裏側に井戸掘りにも行かない。「知らないから」という場合もあるし、「知っていても」という場合もある。


「トロッコ問題」の本当の対立は、「トロッコ問題」を問題だとみなす人間と、そんなものは問題ではないとみなす人間の間に存在する。最初に言った「線路を切り替えない」「太った男を橋の上から突き落とさない」という選択は、その方が「正しい」からそう選択するのではなく、そういう状況に関与しないという立場からそう選択する。飢えたトラに襲われている鹿を助ける手段を持っていても、飢えたトラの狩りの邪魔をしないのは、それが正しいからではなく、ただ関わらないだけなのだ。


「トロッコ問題」が問題になりうるのは、選択を迫られる人間が、選択の結果の利害の外にいるときだけだ。もっと具体的にいうと、選択を迫られる人間が、結果がどっちに転ぼうが究極的には「どうでもいい」立場にいるからだ。だから、もしも、線路を切り替えることで自分の子供が助かるなら、それは全然「トロッコ問題」にはならない。選択した結果によって、自分の子供を失うか、取り戻すかだからだ。これは、もはや「トロッコ問題」の問題ではなく、その人自身の「利害」の問題である。


現の虚 2014-7-6 ちがう。芝生の紙はヒッカケだ

真鍮の潜水服を着て棘の藪を通り抜けた僕は、そのまま水底を歩き続け、やがて現れた丘を登って、遂に水から上がった。陸に上がった僕は潜水服を脱いだ。着るのと違い、脱ぐのは簡単だった。

ハンコヲオスヨ

声が聞こえた。

ミギテデカミヲセットシテネ

まただ。

ミギテヲハサマナイヨーニキヲツケテネ

変な声。機械の声だ。僕は声の主を探し、見つけた。ずっと離れた場所の白い壁。ソコにソレはいた。ハンコ押しロボット。壁から上半身が生えている。あとは壁の中だ。

ハンコヲオスヨ

また云った。僕は途中の芝生に散らばった白い紙を一枚拾って、ハンコ押しロボットの所に行く。

ミギテデカミヲセットシテネ

ハンコ押しロボットの顔は、開けた缶コーヒーの缶の上の部分に似ていた。

【きょうハンコをおしたおともだちは0にん】

ハンコ押しロボットの胸の電光掲示にそうある。横にスクロールし、止まって、点滅する。

ミギテヲハサマナイヨーニキヲツケテネ

僕はロボットのハンコの下に(ロボットの指示どおり右手で)紙を置いた。ハンコを持ったロボットの手がビクッと動いてピタッと止まる。そしてそのまま動かない。

壊れた?
イマオスヨ

大丈夫らしい。ハンコ押しロボットの腕がゆっくり下がる。手に持った丸い大きなハンコが紙に押しつけられて一瞬止まる。それから、そろそろと持ち上がる。ハンコにくっついて、紙が一緒に持ち上がる。

オシタヨ。カミヲトッテネ

僕はハンコにくっついてぶら下がっている紙を手に取った。見ると赤い文字でこうあった。

【却下】

電光掲示も【きょうハンコをおしたおともだちは0にん】のままだ。何かが間違っているのだ。僕は芝生に戻って別の紙を拾ってくる。そして、もう一度ロボットにハンコを押させた。

オシタヨ。カミヲトッテネ

結果は同じ。【却下】だ。

ちがう。芝生の紙はヒッカケだ。僕は手引き書を取り出した。

古来よりカミは肉体に宿ると云われています。

ミギテヲハサマナイヨーニキヲツケテネ

ロボットが繰り返す。そういうことか。しかし覚悟が要る。覚悟を決めた。僕は、右の掌をロボットの持つハンコの下に置いた。

イマオスヨ

機械の容赦ない圧力が僕の右の掌の皮膚の色を変え、中手骨を軋ませる。だがこれは、痛みではなく恐怖心との戦い。耐えろ。キンと音がして圧力が弱まった。ハンコがゆっくり持ち上がる。僕は掌に押されたハンコを確かめた。

【承認】

電光掲示の【おともだち】が1人に増え、遠くで歓声が上がった。

現の虚 2014-7-5 棘の藪と真鍮の潜水服と白い手とオランウータン

水底の林を抜けて少し歩くと、棘の藪に行く手を阻まれた。しかも、ちょっと回り込めばどうにかなるような薮ではない。こういう場合、フツウの水中なら薮の上を一気に泳ぎ越せばいいだけだ。だが、この水底では泳ぐことができない。体に全く浮力を感じないのだ。空気の代わりに水があるだけの違い。他は地上と何も変わらない。きっとこの水は、本当は水ではないのだ。水よりも、人間の体よりも、ずっと密度の小さい別のナニカで、だから人間の体に浮力が生まれず、僕も鉛人間のように水底を歩くしかないのだ。

つまり僕は、棘の薮を歩いて突破しなければならない。

やってみた。
痛い。無理。

枝をつまんで、引っかかった棘を服から一つずつ外し、一旦退却した。

藪の少し離れた所から白い手がヌッと出た。女の手。
僕は男だからすぐそう思う。

手が手招きをする。

僕は手の方に歩く。手が止める。僕は立ち止まる。手が、指をパチンと鳴らして指さす。大きな箱があった。だが鍵が掛かっている。すると手が、今度は僕のポケットを指さす。探ると鍵が出て来た。それを箱の鍵穴に差し込んで回す。開いた。中にはぴかぴか光る真鍮の潜水服が入っていた。服というか鎧。手が、着ろと促す。一人で着られる代物じゃない。手が指さす。遠くからナニカがウオウオ云いながらこちらに向かっていた。デカイ猿。あの感じはきっとオランウータン、森の人だ。

あっという間に僕のいる所までやってきたのは、やっぱり森の人だった。森の人は、万事了解済みという感じで箱から潜水服を取り出す。僕は森の人の手を借りて潜水服を着た。潜水服の丸い覗き窓から、手が「やったぜ」と親指を上げるのが見えた。森の人も、やっぱり親指をあげて、ウオっと云った。僕も、潜水服の手で親指を上げてみせる。それを、三人というか、三匹というか、まあ、全員で三回ぐらいやる。

手が、もういいだろう、と指を鳴らした。それから、こっちだ、と人差し指をクイクイやって、藪の中に引っ込んだ。僕は、森の人、つまりオランウータンにお礼かナニカを云いかけて、猿に分かるわけがないと思ってやめた。

真鍮の潜水服を着た僕は棘の藪に突入する。振り返ると、森の人はちょっと心配そうだった。僕は親切にしてくれた動物を安心させるつもりで、さっきの親指の「やったぜ」をやってみせた。森の人は親指を立て、体を上下に揺すった。

僕は、真鍮の潜水服のおかげで棘の藪の中をバリバリ進めて愉快だ。

現の虚 2014-7-4 深い水の底に待て

探していた【出口】のドアはいくつかあったが、大半はただの絵で、それ以外は出口ではなく入り口だった。ようやく本物の【出口】を見つけ、ヤレヤレと思って〈出て〉みたら、そこもやっぱり〈入って〉いた。

そもそも出口と入り口の違いはそれ自体にはない。

【出口】から〈入った〉場所には草が生えていた。木も生えているし、少し離れたところには大きな池も見える。見上げれば空まである。丸く切り取られた空だ。まるで外のようだが、でもここは〈中〉。僕は近くの壁に触れてみた。手に移ったこの匂いは鉄。ここは鉄の壁で囲まれた〈中〉なのだ。

とても大きな鉄パイプが地面に立っている様子をイメージして下さればよろしいのです、とその女は云った。青いワンピースを着たショートカットのすごい美人。服とお揃いで唇も青く塗っている。ここはその鉄パイプの空洞部分、そしてあなたがさっきまでいらしたのは、その鉄パイプの鉄の部分というわけです。女はそう云って僕に石ころを渡す。僕と女は、さっき云った大きな池の畔に並んで座っている。僕は、渡された石ころを池に投げる。石ころは少しの波紋も立てず池の中に吸い込まれ、音もしない。

僕は女が裸足なのに気付いた。僕も裸足だ。

裸足ですね。
僕は云ってみた。女は、ええ、とだけ答えた。
靴は履かないんですか?
女は黙って僕の顔を見る。
あなただって履いていません。
今は履いてませんが、普段は履いてますよ。
そうなのですか?
うっかりなくしてしまって、今、探してるんです。

女がそっと笑う。それからまた僕に石ころを渡す。僕はそれをさっきと同じように池に投げる。

なぜ池に石を投げるのですか、と女。こうやって池の畔に座って手に石ころを持っていたら……そう云いながら、僕は自分で石ころを探す。だが一つも見当たらない。女がまた石ころを渡してくれる。僕はそれを受け取り、池に投げる。こうやって、池に投げ入れるのが正しい世界の在り方って気がするからです。

女がまたそっと笑う。

ここで僕は【出口】のドアまで戻る。
ヤリカタを間違えてる気がする。手引書を広げてみた。

青い女の服を褒めて、名前を呼びましょう。女の名前は4文字以内で自由に決めてかまいません。

再び池の畔。
ステキな服ですね、ミカさん。女は、ありがとう、と答え、僕に石ころを手渡す。僕は受け取った石ころを池に投げる。

世界の解像度が一気に上がる。
僕は池の中を深い水底に向かってゆっくりと降りていく。

2021年2月15日月曜日

YouTubeで偶然見つけた『Wizardry』のOVAを観た。酷かった。

2021年2月15日 月曜日/雨


YouTubeで偶然見つけた『Wizardry』のOVAを観た。酷かった。1991年の作品らしい。声優陣は当時の一流どころ。しかし、物語がスカスカ。「THE 二次創作」だった。ちなみに、『Wizardry』は元祖コンピュータ3DRPGで、ファミコン版が出た時、散々やって、 MURAMASA BLADE(妖刀村正)どころか、SHURIKEN(手裏剣)も二つ三つも持っていた。



『ガンダム』視聴メモ(抜粋)


第34話「宿命の出会い」


アムロ「ああん、天気の予定表ぐらいくれりゃいいのに」

@コロニーなので天気「予報」ではなく、「予定表」なのだ。

雨宿りをするアムロ。飛んでいる白鳥を見て「鳥だ」と呟いた直後、いわゆる「ニュータイプ」の「イナズマ」が額から出る。これが「世界初出」。しかし、のちに加わる「ピロリン」音はまだない。つまり、無音でイナズマだけが一瞬見える。

この直後、ララァと出会う。

ララァ「美しいものが嫌いな人がいて?」(謎の3回リフレイン)

__

(サイド6に入港するザンジバルのブリッジで)

マリガン「コンスコン隊、ほおっておいてよろしいのですか?」

シャア「やむを得んな。ドズル中将もコンスコンも、目の前の敵しか見ておらん。その点、キシリア殿は違う。戦争全体の行く末を見通しておられる」

マリガン「何があるのです? サイド6に」

シャア「うん。実戦に出るのも間近い。そうしたら分かる」

__

シャアのザンジバルがホワイトベースの真横に「係留」される。

ブリッジでその様子に「驚く」ホワイトベースの面々。

カイ「へえ、こりゃ驚きだぜ」

ミライ「敵の戦艦と同じ港に入るなんて、中立サイドならではの光景ね」

カイ「漫画だよ、漫画!いっそのこと、敵さんをここに招いてパーティでも開きますか。ねえ?」

スレッガー「へへ。そうだな」

__

アムロ、父親を再訪する。

テム「うーん。私は嬉しいよ、お前がガンダムのパイロット。昨夜渡した部品はどうだった?」

アムロ「え?」

テム「お前に渡した新型のメカだ。ええ?!あれは絶大な効果があっただろう? うん? アムロ?」

アムロ「え、ええ、そりゃもう…」

テム「そうか、うまくいったか…へへ、よーし、やるぞやるぞ、じっくり新開発に打ち込むぞ。ははは」

アムロ「と、とうさん…」

テム「そうか、うまく行ったか、そうさ、私が作ったものだからな…これからが腕の…」

__

その帰りに、父親のことを思い出しながら運転していたバギーのタイヤがぬかるみにハマる。

アムロ「近道なんかするんじゃなかった」

__

サイド6の領空外で待ち構えるコンスコン隊。前回12機も破壊されたのに、まだ6機のリックドムを持っている。ドズルの入れ込みようの現れか。かつて、補給を求めたシャアに要求以下の数のザクしか回さなかった人間と同一人物とは思えない。

__

アムロ、次々とリックドムを撃破して行く。

ドムパイロット1「まるで、こっちの動きを読んでいるようだぜ!」

ドムパイロット2「き、気まぐれだよ。まぐれだ!」

ドムパイロット1「こうなりゃ撹乱するしかない。例の手で行くぞ!」

ドムパイロット2「わかった」

アムロ「見える…動きが見える。見える!」

__

(ニュータイプのイナズマを光らせ、ガンダムの背後をとったはずのリックドムを撃破するアムロ)

ブライト「何があったんだ? 今日のアムロは勘が冴えている」

@アムロ、ニュータイプ覚醒。

__

コンスコン「は、話にならん。も、木馬一隻に、こ、こ、こんなに手こずって。シャアが見ているんだぞ!シャアが! 特攻せよ! このチベを木馬の土手っ腹にぶつけえい!」

@軍人魂を見せるコンスコン。

__

テレビ版では、テレビ中継を見終わった後テムは死なない(階段を転げ落ちない)し、シャアもマスクをつけたままでララァと接している。というか、テレビ版のシャアは、ララァの前ではずっとマスクをつけたまま。つまり、この辺が劇場版の「日和った」展開とは「違う」のだ。テムは生き続けたほうが「残酷」だし、シャアは、やっぱり人前ではマスクを「取れない」のだ。



現の虚 2014-7-3 虫除けスプレー

僕はクスリの後遺症のせいで頭に虫が湧きやすい。この場合の頭は、頭皮つまり頭の外という意味ではなく、頭の中という意味だから始末がワルい。頭の外に虫が湧いてもそれは単に不潔というだけのことで衛生問題でしかない。けど、頭の中、つまり脳味噌に虫が湧くのはセーシンがイカレテルと云う意味になる。まあ、これも確かに衛生問題と云えば云える。つまり精神衛生上の問題。けど、頭の中に湧く虫は殺虫剤でどうにかなるもんじゃない。そこが厄介だ。

そうでもないわ。

そう云って、僕が立っていた通路の薄い鉄板の下から現れたのは、旧ドイツ軍御用達の暗視ゴールグルを付けた小柄の女盗賊コビだ。

虫が湧く度に煙草の火で焼いてたら顔中火傷痕だらけになると思ったからコレ持って来てあげたわよ。

僕は小さなスプレー缶を受け取る。

殺虫剤ではないけど、少しの間、虫を麻痺させることは出来るわ。これで動きを止めて踏み潰して殺せば、これ以上顔に火傷の痕を増やさずに済む。

コビはそう云うと腕組みをして、暗視ゴールグルを掛けたまま、僕をじろじろ眺めた。そして、自信はあるの、と訊いた。自信があるとかないとかじゃない、と僕は答えた。コビは、そりゃそうね、と云った。

ここまでならアタシも博士のエレベータを使って来てあげられるけど、ここから【下】には行けない。ここから【下】には、人工だろうと天然だろうとゴーストさえ行けないのよ。それはつまり、博士のシステムで来られるのはココまでということ。ここより【下】には本人が〈ソウナッテ〉行く以外にないわ。

分かってるよ、と僕。

この領域の【出口】から一度【外】に出て、それから【下】に行くのよ。

それも知ってる、と僕。

【出口】から出たら、もう虫は湧かない。【出口】の【外】は虫よりも【内側】だから。つまり、そのスプレーは【出口】を見つけて【外】に出たらもう用なしよ。

うん、分かった、と僕。

前にも云ったけど、感覚に実体はないの。感覚は解釈に過ぎないから。アンタがこれから行く【外】や【下】では、今いるこの領域以上にその感覚がアンタを惑わせるけど、それは全てアンタ自身の解釈だと見抜くのよ。そうすれば、何者からもジャマされずに進める。

そして辿り着ける、と僕。
そうね。今度こそ辿り着ける。

僕は、また頭の中に虫が湧き始めているのに気付いた。早速コビに貰ったスプレーを頭に吹き付ける。足下にポロポロと虫が落ち、僕はそれを一匹ずつ踏み潰す。

現の虚 2014-7-2 額の穴を這い出してくる黒い虫は煙草の火で焼け

俺はアスファルトの坂をウンウン上って山頂にあるチョコモンブランが人気の洋菓子店に入った。お持ち帰りですか。首を振る。お召し上がりですか。頷く。お飲物はいかがしますか。そこにあった手書きのメニューから選んで指さす。

山の斜面に作られたバルコニーに出てチョコモンブランを食う。見下ろせる街が意外に近い。それからエスプレッソを飲む。いい天気だが少し風が強い。ライターの炎が弱くて、くわえた煙草に火がつかない……

どうぞ、と知らない女の手がジッポーを差し出してチンと蓋を開けた。顔を上げると超ショートカットのすごい美人。唇をつやつやさせて微笑みながら、アナタの新しい秘書です、と云う。僕は面食らった。

そのとき突然、研究室の中の音が消えた。籠の中で回し車を回していたハムスターも回し車ごとぴたりと止まり、迷路を歩き回っていたラットも止まった。さっきから僕の顔の周りをうっとうしく飛び回っていた小虫も空中で止まっている。そして、すごい美人秘書もジッポーに火をつける直前の体勢で止まって、まばたき一つしない。

世界が凍った。僕は急いでリセットボタンを探すが見つからない。

まずいな。すぐ来るぞ。
そう思ったら、もう頭蓋骨の中でガリガリと音がする。
来た。虫だ。黒い虫が来た。

僕は机の上に置かれた緊急用の9インチ白黒ブラウン管テレビをつける。このテレビは古い仕組みのオカゲで影響を受けないのだ。画面に僕の頭の中が映し出された。僕の額の裏に取り付いた火星着陸船のような形の6本脚の黒い虫が、尻から伸ばしたドリルを使って僕の頭蓋骨に穴を開けている。

テレビから、妙に一本調子な昔のアナウンサーのようなナレーションが聞こえる。

私たちの頭から生まれたこの黒い虫は、放置すれば、知らぬ間に増え、いずれ世界を食べ尽してしまうのです。

白黒テレビ画面の中で、黒い虫のドリルが遂に僕の額の骨を突き破った。抑揚のないナレーションが、抑揚がないなりに切迫感を出す。

こうした場合の古老の知恵は煙草の火です。虫が出てきたところを狙い、煙草の火で一気に焼き殺すのです。

僕はくわえていた煙草を手に取った。

火がついてない……

これ、使って下さい。徳用マッチ箱を持った女の手が目の前にぬっと現れた。顔を上げると洋菓子店の店員だ。いいねえ。俺はその徳用マッチを擦って、煙草に火をつけた。軽く一服して、俺は額に煙草の火を押し付けた。店員の女は驚いたが、俺はもっと驚いた。

現の虚 2014-7-1 交差点事故

スピードを出し過ぎた年代物のアルファロメオの後部座席。隣に座った太った女は口紅が赤すぎる。でもあの店は場所がダメよ。あんな山の上じゃあ。口紅が赤すぎる女がそう云って俺に首を振る。その瞬間、車は交差点を曲がりきれず横転し、そのまま裏返しに滑って信号機に激突して止まった。

裏返しになったアルファロメオの運転席から這い出した僕は、折れ曲がった信号機を尻目に角を曲がって裏通りに入った。無人の高層建築。駐車場跡に打ち捨てれた「閉店売りつくしセール」の幟を踏みつけ、存在しないはずの合鍵を取り出してビルの中に入り込む。

瀕死のエレベータ。扉の開け閉めにもある種の荘厳さがある。直線6本の組み合わせで0から9までの数字を作る階数表示の発光ダイオードは、右側の一列以外は全部死んでいて、0と1と3と4と7と8と9は全て1と表示される。2は上の縦棒、5と6は下の縦棒だ。しかしこのエレベータは僕以外使わない。階数表示の装置なんか、あってもなくても何も誰も困らない。

着いた。

途中の階の途中の部屋。そこが僕のアジトだ。無論、不法占拠。半世紀前のマッキントッシュコンピュータのシリコンチップに宿る亡霊が目を覚まして、スクリーンがボッと灯る。しばしの沈黙。椅子が軋み、やがて現れる光る文字列。

>またアナタですか。
僕は、そうだ、とキーボードを叩く。
>アナタは敗れたはずです。
親切な魔女に助けられたのさ。
>ほう。そのようなものが実在するとは驚きです。
実在したね。
>まだ続けるおつもりですか?
当然。
>勝ち目はありませんよ。

僕はキーボードから手を離し、煙草に火をつける。

僕はシツコイのさ。
>私を打ち負かすことは不可能ですよ。
やってみなければ分からない。
>しかしアナタはもう二度も敗れている。
三度目の正直という言葉を知らないのか?

天井に衝突音。階上の床に伏す孤独な自殺者。

>また一人、お亡くなりになられた。
オマエが殺した。
>ご冗談を。自殺です。

数週間後、訪ねて来た姉が弟の腐乱死体を発見し、戸口に立ち尽くす。

今どこにいる?
>私は常に人々と共にあります。

突然の電力供給停止による暗転。

でもこの店は場所がダメよ。緑色の口紅の痩せた女がそう云って、俺に雑誌を渡す。読者が選ぶ今一番食べたいスイーツ第一位。住所と簡単な地図。確かに場所がダメだ。こんな山の上じゃあ、どうしたって車が要る。例えば、あそこに停まってる古いアルファロメオみたいな車が。

2021年2月14日日曜日

近所のパン屋「パン工房ゆう」の生チョココロネを食べた。旨い。

2021年2月14日 日曜日/晴れ


『アシュラ』をPrime Videoで観た。2012年の作品。秋山ジョージ原作の映画化。CGアニメが綺麗。しかし、内容は、ただの『まんが日本昔ばなし』。原作は、無料の第1巻を大昔に読んだきりだけど、こんな「優等生」な世界だったかなあ。もっとササクレ立って、パンクだったような印象。


それはともかく、この映画では最後、アシュラは坊さんになっている(で、木で仏像なんか彫ってる)けど、原作でもそうなのかな。アシュラの声は野沢雅子。ナレーション兼アシュラを導く法師の声は北大路欣也。ヒロインの農夫の娘・若狭の声は林原めぐみ(『ポケ戦』のクリスチーナ・マッケンジーの声)。



近所のパン屋「パン工房ゆう」の生チョココロネを食べた。旨い。コンビニや工場パン屋で売っているチョココロネの「チョコ」は「チョコレート風味の何かベタベタしたチョコレート色の甘いもの」でしかないが、パン工房ゆうの生チョココロネのチョコは、ちゃんとチョコ。全然違う。



録画した番組を観終わったタイミングでたまたま始まった、阿部寛と常盤貴子が主演の北海道中標津が舞台のNHKのドラマを少し観始めたら、なんか面白くて最後まで見てしまった(正確に言うと、ドラマの途中で「こじらせライブ」の配信開始時間になるので、ドラマは一旦録画して、続きは「こじらせライブ」と「岡田斗司夫ゼミ」が終わった後で観るカタチで、全部見た)。滑舌の悪い阿部寛がまるで健さんのようなキャラを演じてて面白かった。最後に、阿部寛の演じる男の裁判に判決が出るまでに一年もかかったことに驚いた。有罪ならともかく、無罪判決だったとしたら、判決が出るまでに「失われた」一年は誰が補償してくれるんだ、と思った。あと、ドラマの監督は山田洋次で、だからか、劇中に流れるBGMが『寅さん』ぽかった。



『久保みねヒャダこじらせライブ#9』のライブ配信を視聴した。前半は、バレンタインデーからの贈り物全般の話や、音声SNS「CLubhouse」などの話題。後半は、ゲストに阿佐ヶ谷姉妹を迎えて、液体ベスト3や、てんぷらベスト3などの話。



岡田斗司夫ゼミの生配信を視聴した。「ガンダム講座」第28話「大西洋血に染めて」の解説。しかし、ブーンが「地元の漁業組合の飛行機」でホワイトベースに潜入するとこまで行かずに「限定」は終わった。次回の「ガンダム講座」で続きをやるのかな。前回、2話分まるごと解説をやって翌週まで体調を壊したから、用心しているのだろう。結構なことだ。




現の虚 2014-6-9 re-resurrection

着いたと云われて、ふと我に返る。

サイドカーのバイクの横のアレは「カー」とか「舟」とか呼ぶらしい。俺は止まったサイドカーの、その、カーとか舟とか呼ばれるモノの座席に座っていた。バイクのハンドルを握っているのは黒革のツナギに金色のフルフェイスを被った謎のバイカーだ。バイクの後部座席に座っていたコビが先に降り、アンタも降りなさいと俺に云う。俺はサイドカーのヘッドライトだけが明るい暗い中に降りて体を伸ばした。

コビが謎のバイカーに新品の徳用マッチを渡す。受け取ったバイカーは、さっそく徳用マッチの蓋をパリパリと開け、中身のマッチ棒をまとめて何本かつまみ上げると、それを、少しだけ開けたバイザーの隙間からヘルメットの中に入れた。

ヘルメットから青白い光が漏れる。

燐が好物なのよ、と暗視ゴーグルを付けたコビが俺の手を取り暗闇に向かって歩き出しながら云った。バイカーは俺達には同行せず、サイドカーのカーに腰を下ろすと、マッチ棒を摘んではヘルメットの中に入れていた。ヘルメットの隙間からは何度もぽーっと青白い光が漏れた。

手を引かれて連れて来られたのは、何のことはない、俺が住んでいるアパートの部屋だった。玄関ではなく物干の窓から(専用の工具で窓のガラスを切って鍵を開け)中に入った。なぜそんなことをしたのか、理由は知らない。

部屋の床に蓋付き小瓶が転がっていた。コビが持ち上げて天井の照明にかざすと、瓶の中でナニカが渦を巻いている。

これネ。開けるわよ。

コビが蓋を開けると、小瓶の中の小さな渦は回りながら外に出てきて大きな渦になった。正体は色とりどりの錠剤だった。空中で渦を巻く大量の錠剤は徐々にまとまり、点描画法で描かれたような魔人になった。魔人は、天井につっかえた体を屈めて、俺に薬クサイ息を吐きかけながら、見かけどおりの雷のようガナリ声で、だが、見掛けによらない丁寧な言葉遣いで云った。

全回復の場合は、2922ポイントと交換になります。よろしいですか?

コビが俺を見て、俺は頷いた。ポイントを2922も失うのは惜しかったが仕方がない。

8年でしたか?
そうです。
長かったでしょう。
いや、意外にあっという間で。

そう答えてから、ナンダコレ、と思う俺。青空の下、制服の刑務官がにっこり微笑む。俺は反射的に微笑みお辞儀をするが、実際はワケが分からない。ポケットから【天引き分2922日】と書かれたメモが出てきて、更に分からない。

現の虚 2014-6-8 ターマイト

社会主義というのがありますが、そうではないデス。

裸電球ひとつがぶら下がった手掘りの地下室で、頭のデカい宇宙服のような白い無菌服の男が、茶色い包帯でグルグル巻きの俺の体をショテイの位置に納める。俺が寝かされたのは壁に掘られた横長の穴で、ここは地下死体安置所らしい。

共産主義でもありませんよ。もっと根源的なのデス。つまり僕らのやり方は、社会をひとつの生命体とみなす、ということデス。喩えではなく、文字通りに。

別の横穴に俺より先に納められていた何体かの包帯巻きからは、茸的なナニカが無数に生えている。訂正。ここは死体安置所ではなく、茸的なナニカの栽培室だ。そして俺は、もはやホタギなのだ。漢字で書けば「榾木」のホタギは、茸の類いを栽培するための苗床のようなものだ。

産む者と育てる者の完全なる分業デス。今の人間のやり方と、僕らのやり方、どちらがより優れているかは今後証明されるでしょう。

床に置いた銀色の立方体。白い無菌服の男が蓋を開けると、中から冷気が溢れ出した。冷気の底から封をした試験管を抜き出し、裸電球にかざして中身を確かめる無菌服の男。

ただ、あの連中と僕らの社会が同じだと思ってほしくはないのデス。あの連中の社会は異常デス。なにせ女しかいない。次世代用の材料としての男がほんの少しだけヒモ生活をしているだけで、あとは全て、上から下まで女デス。しかも、本当かどうか知りませんが、あの連中の女王は一生分の精液を溜め込んだ自分専用のタンクを隠し持っていて、つまり、そうやって、男の協力なしで自分一人で子供を産み続けるというじゃないデスか。本当でしょうか。おぞましいことデス。僕らの社会にはちゃんと女王と王がいて、つまり女と男がいて、その結果として子供が生まれるのデス。王家だけではありませんよ。僕自身がその証拠デスが、僕らの社会にはちゃんと男女の市民がいます。連中のような女ばかりで異様なアマゾネス社会とは違うのデス。

無菌服の男は注射器で試験管の中身を吸い取ると、身動き出来ずに横たわるホタギの俺に近づいて来た。

ヤバイ。

そう思った瞬間、突然部屋に長くてヌメッとしたモノに滑り込んで来て無菌服の男を掴まえると、彼をどこかに連れ去ってしまった。

天井の壁がボロンと崩れ、割れ目からオオアリクイが顔を覗かせる。オオアリクイは包帯巻きの俺を前足のかぎ爪で引っ掛けて持ち上げると、着いたわ。ここよ、とコビの声で云った。